きゅうきー鏡堂達哉怪異事件簿その六
六散人
【01】不審死(1)
梅雨入りを間近に控えたある日。
6月も半ばを過ぎると、日毎に大気の蒸し暑さが増し、薄手の作業着にジワリと汗が染み込んでくる。
清宮は〇〇大学文学部国史研究・考古学講座に所属する大学院生である。
そして師である
<靜〇川弥生遺跡>は県内に点在する遺跡群の中の一つで、比較的最近になって発見されたものだった。
発見が遅かった理由は、その一帯が農地や住宅地に適さない県所有の湿地帯であったことと、遺跡の発掘調査に係る県の予算が年々逼迫していることだった。
そして漸く北部遺跡の発掘保存の目途が立ち、靜〇川南岸部の発掘に着手しようとした矢先に、県による大規模リゾート開発計画が持ち上がったのだ。
当然<靜〇川遺跡発掘事業主任>である澤村をはじめとする関係者たちは、計画の見直しを県に求めた。
しかし県からは果々しい回答は得られず、一方で開発計画は着々と進行していた。
一説によると、県政だけでなく国政に多大な影響力を持つ、朝田正義議員によって、開発計画が後押しされているとのことだった。
その朝田議員も昨年奇禍に遭い、現在では政界引退同然の状況になっているとのことだが、開発計画が遅れる気配は見えない。
そのことが遺跡発掘に携わる研究者たちを、暗澹たる気分にさせているのだ。
清宮沙耶香が見渡すと、遺跡の一般公開部分を見学する人々の間を縫って、澤村耕策准教授が近づいてきた。
その姿が心なしか弱々しく見えるのは、彼の心労のせいかもしれないと清宮は思った。
澤村は先程まで、野党の県選出国会議員や県会議員たちに、国の歴史文化財発掘保護の重要性について説明し、リゾート開発計画変更に力を貸してもらえるよう、訴えていたのだ。
しかし国会県会とも多数を占める政権与党に対して、野党からの働きかけに、どれ程の効果があるか疑問だった。
そのことが澤村の中で無力感を助長しているということが、常に彼の傍にいる清宮には、ありありと分かるのだった。
彼女がこちらに近づいて来る澤村に同情の目を向けたその時、異変が起こった。
道を歩いていた澤村が突然体を痙攣させ、その場に倒れ伏したのだ。
驚いた清宮が急いで駆け寄った時には、周囲にいた人たちが介抱していたが、澤村は体を痙攣させ、意識がない状態だった。
大きく見開かれた眼は真っ赤に充血し、顔も赤黒く膨らんでいる。
「澤村先生!」
清宮の必死の呼びかけにも、澤村からの答えは返って来なかった。
その頃〇〇県警捜査一課刑事
同席しているのは、刑事部長の
鏡堂は昨年から連続して発生している不可解な事件の状況と背景について、一つ一つ詳細に説明していった。
彼の説明を遮ることなく、呉羽は黙って聞き入っている。
そして鏡堂からの説明が終わった後、呉羽は
「天宮刑事の<雨神>という能力を、実際に見ることは可能かね?」
その質問に鏡堂と顔を見合わせた後、天宮は姿勢を正して答える。
「お見せすることは可能ですが、ここで私の能力を行使することは危険だと思われます」
「どうしてだね?」
「能力の調整が難しいので、恐らく部屋中が水浸しになると思われますので」
その答えを聞いた呉羽は、苦笑を浮かべた。
「では、その火を操るという猫の所在は分かっているのかね?」
「現在のところ不明です。
あれ以降は目撃しておりません」
その質問は想定していたので、事前に相談して答えを決めていたのだ。
呉羽はその回答に少し疑わし気な表情を浮かべたが、すぐに別の質問に移った。
「新藤保課長の息子の様子は?」
「はい。課長の弟夫婦に引き取られ、生活は落ち着きを取り戻しております。
学校にも再度通い始めています」
「特に変わった様子はないのか?
その金属を操るという力を使うようなことは?」
「現在その様な兆候は見られません」
鏡堂の答えを聞いた呉羽は、その後いくつか細かい質問を投げ、鏡堂がそれに対して丁寧な答えを返す。
その様なやり取りの後、呉羽はその日最後の質問を鏡堂に投げた。
「その六壬という占い師が主張する<封印>とやらは、現在三か所が解けたということだが、最後の一か所の所在は分かっていないのか?」
「残念ながら、それは分からないとのことでした」
その回答を聞いた呉羽は少し考えた後、厳しい口調で言った。
「君たちの説明は、本来なら荒唐無稽と一蹴するところだが、高階部長の進言もあることだから、一応事実として受け止めよう。
ただしこのことを、この場にいる人間以外に漏らすことは禁じる。
他の県警幹部に対してもだ。
いいな?」
鏡堂と天宮はその命令に背筋を伸ばして、「分かりました」と答えた。
「次に天宮刑事の能力だが、今後使用を禁止する。
分かったな?」
それに対しても、天宮は「分かりました」と復唱した。
「最後に新藤課長の息子の監視を怠るな。
何か少しでも異変を感じたら、高階部長を通じて速やかに報告するんだ。
いいな?」
鏡堂は、「はい」と短く答える。
「では、今日は以上だ。
高階部長は少し話があるから残ってくれ」
呉羽のその言葉を聞いた鏡堂と天宮は、本部長室を出て刑事部のフロアに戻った。
しかし席に座ろうとした途端に、
二人が前に並んだのを見た熊本は、彼らの顔を見上げて、徐に言った。
「悪いが、すぐに〇〇県立病院に行ってくれ。
変死者がでたようだ」
その後熊本から簡単に状況を聴いた鏡堂たちは、取るものも取り敢えず、県立病院へと向かった。
県警本部からは、車で30分ほどの距離だ。
病院に到着すると、受付で身分を名乗り、ICUに案内してもらう。
変死者の遺体は、まだそこに安置されているようだ。
ICUに到着した鏡堂たちを迎えてくれたのは、坪井という鏡堂と同年代くらいの医師だった。
坪井に案内されて、ICUの隅のカーテンで仕切られた場所に向かうと、遺体が横たえられたベッドの傍らに、若い女性が憔悴した表情座っていた。
顔には泣き腫らした痕が、はっきりと残っている。
――身内の人かな?
そう思って鏡堂が目を向けると、女性は立ち上がって彼に会釈した。
するとその様子を見た坪井医師が、鏡堂たちに彼女を紹介してくれた。
「〇〇大学の学生の清宮さんです。
こちらのご遺体、澤井さんの生徒さんだそうです」
坪井から紹介を受けた女性は、改めて鏡堂たちに名乗った。
「
澤井先生の研究室の大学院生です」
「〇〇県警捜査一課の鏡堂と天宮です。
澤井先生と仰るのは?」
清宮に挨拶を返した鏡堂は、早速彼女に遺体の身元を尋ねた。
「
〇〇大学文学部の准教授をなさっています」
「大学の准教授ですか。
ご家族はまだ、到着されていないんですか?」
「澤村先生は随分前に奥様を亡くされていて、お子様もいらっしゃらないんです。
ですので、すぐにご連絡する親族の方の見当がつかない状況で」
そこまで言って清宮は、手にしたハンカチで目頭を押さえた。
「分かりました。
それで澤村先生は、どのような状況でこちらに運ばれて来たんでしょうか?」
そう問われた清宮は、<靜〇川弥生遺跡>で澤村が突然倒れ、救急搬送された状況について鏡堂たちに説明した。
「澤村先生は、歩いていて突然倒れたんですね?
周囲に人はおられましたか?」
「はい、遺跡見学の方が数名いらっしゃいました。
その方たちが先生に駆け寄って、介抱して下さったんです」
その答えに頷いた鏡堂は、坪井医師に目配せした。
その意図を察した坪井は、清宮に向かって言う。
「清宮さん、これから刑事さんたちとお話があるので、少し席を外して頂けませんか?」
そう言われた清宮は素直に頷くと、鏡堂たちに会釈してICUから外に出て行った。
それを確認した鏡堂は、坪井に問い掛ける。
「それで、澤村先生のご遺体の状況がおかしいというのは?」
「それがどうも、自然死とは思えないんですよ」
彼の答えに鏡堂は不審な目を向けた。
「状況を聞く限り、急性の心不全であったり、クモ膜下出血のような脳内疾患が疑われるんですが、外観した症状がそのどれにも当てはまらないんですよ。
強いて言えば、毒物中毒の可能性が高いと思われます。
もちろん詳細に検討してみないと分からないんですが。
それで念のために警察にご連絡した次第です。
一応病院には通報義務がありますので」
それを聞いた鏡堂は少し考えた後、熊本に連絡を取った。
そして遺族の同意があれば司法解剖に回すことを確認し、必要な手続きを依頼する。
結局大学経由で連絡を受け駆けつけた、
翌日鏡堂と天宮は、澤村の司法解剖を担当した
鏡堂たちを教授室に招じ入れた国定は、彼らが着席するのを見定めると、開口一番驚くべきことを口にする。
「昨日預かった澤村耕策氏の遺体だがね。
端的に死因について言えば、酸素中毒だ」
それを聞いた鏡堂は、彼が言っている意味が分からず思わず訊き返した。
「酸素中毒、ですか?」
鏡堂の驚愕を他所に、国定は平然とした表情で肯くのだった。
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