第10話 絆のメロディ!
「撮影は順調ですね。お嬢様」
紅茶を淹れながらじいやが言う。
「テストの成績はいかがでしたか」
「ご覧になって」
採点されたテスト用紙を扇のように広げる。オール100点だ。
「流石です。お嬢様」
「当然ですわ、オーッホッホッホッホ!」
テスト用紙であおぎながら潔子は笑う。ノートパソコンを開いた。
「コンポーザーを買い忘れましたわ……!」
戸を開けて潔子が言った。
「加戸河の企画会議に出て気が付きましたわ。テーマ音楽が無いことに」
潔子は絶望の決めポーズを取った。
絶望する時にもポーズがあるんだなあと得名井は思う。
「買う必要ないんじゃない?」
「嫌ですわ! 音楽だけ別人だなんてわたくしの完璧な計画が台無しですわ!」
得名井はお茶をすすった。
いつもどういう情報網なのか自分たちを見つけて買い取っていくのに、音楽作家だけ見つけられなかったとは。潔子にもかわいい所があるなと得名井は思っている。
鳥琉がボロボロの紙スリーブに入ったCD-ROMを取り出す。
「フリー素材ならあるぞ」
「絶対他の作品と被ってるじゃありませんの! 嫌ですわ嫌ですわ!」
潔子は叫んだ。
「どこかに野生の米津玄師は落ちていませんのーッ!?」
「落ちてたとしても買えるかなぁ」
その時、どこからかバイオリンの音色がした。
「はっ!」
「楽器ができる人いたんだ」
お茶をすすっていた得名井の襟をつかみ、潔子は駆け出した。
「どこにいますの!? 野生の米津!」
「米津じゃないと思うけどゲホゲホ」
むせながら得名井は言う。
庭でナナが葉脈をスケッチしている。試着室で泰山が新作のテキスタイルを試している。じいやはさっきから気配を消して天井を移動している。
「こっちですわ!」
バイオリンの音を辿って行き着いたのはリネン室だった。
窓からの明かりに照らされてバイオリンを弾いていたのは、田中冥土だった。
「………」
「………」
二人に気付いて田中はお辞儀をする。
「あいすまん。お耳を汚しを」
かつて薩摩では武士の教養として琵琶を伝えていたという。同じ弦楽器だからといってバイオリンまで弾けるかはわからないが。
得名井の襟から手を離し、潔子は言った。
「買いますわ」
買い取りが決まった。
「いや待って、弾けるからって作曲までできるとは限らないよ!?」
得名井は言ったが既に運命の歯車は回り始めている。
「得名井殿のお言葉の通り、おいは楽譜通りしか弾けもはん」
「ならば皆で作りましょう」
潔子の言葉に二人は耳を疑った。
「三人寄れば文殊の知恵。文殊が三人以上集まればブッダの曲が完成するはずですわ」
文殊とブッダに怒られそうなことを言う。
潔子と得名井は録音機材を携えて屋敷を走り回る。
「鼻歌で良いんですねぇ~?」
絵を描きながらふにゃふにゃのナナが歌った。
「俺もか?」
鳥琉が恥ずかしそうにワンフレーズ歌う。
「企画のためですから」
原稿を取りに来ていたつめるが歌った。
「邪魔よッ!」
泰山がヒールでビートを刻む。
「協力しますよ」
差し入れをもってきた池輝がミュージカルダンスを披露する。
「これを編集しますわ!」
潔子と得名井は音楽編集ソフトで音を組み合わせていく。曲らしくなってきた。
「楽譜に起こしますわ!」
鼻歌を楽譜化してくれるアプリに5ドル払った。
しばし、間。
「使い方がわかりませんわーッ!」
「お困りですか、お嬢様」
絶対音感を持つじいやが楽譜に起こした。
「田中! 楽譜ができましたわ!」
田中に楽譜を持っていった。
リネン室の隅に隠していたバイオリンを取り出し、田中は演奏を始める。
潔子と得名井は床に座る。
音楽が空間を満たす。
「素晴らしいです。お嬢様」
じいやが涙を拭く。
ツギハギの音楽は得名井の予想を超えて、奇跡的に美しい旋律となっていた。
「買い取りますわ」
潔子は立ち上がった。右手を差し出す。
「こい曲は最初から潔子お嬢様のものでありもす」
「……? 違うわ田中。これは皆の力で作ったものよ」
田中はバイオリンを構えたまま口の端を上げて、笑った。
「それこそが、『何かを作り出す』ということでありもす」
「………」
潔子の右手は行き場を失ったが、代わりに固く握られた。
「わたくしの作品……!」
得名井は何も言わず見ていた。潔子の心に宿ったものを、慈しむように。
「得名井! 歌いますわよ!」
そういうことになった。
リネン室での演奏会は夜まで続いた。
つづく
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