第2章 転生したら強くてニューゲームって本当ですか?②

 次にやったことは、幼稚園から支給されているタブレット端末に抜け穴を作ることだった。通常ページは通常ページのまま、横に数回スライドさせると、大人が使うようなブラウザやSNSがそのまま使えるようになっている。そこから俺は様々な情報を得た。今の総理大臣の名前から、最近のトレンドまで。そうして、情報の海を泳いで知る。


「へえ、VTuberってこんなに人気になったのか……」


 俺の居た?居たって言うのもおかしな話だが、……まあいい。2018年はいわば個人勢のVTuberが出始めた時期で、そこまで市民権を獲得しているとは言い難かった。今は普通になっているスーパーチャットなんてものもなかったし、VTuberで生活していくなんて夢の夢だった。だけど、今はVTuberで生計を立てていくことも可能になっている、もちろん、それまでに多大なる努力が必要なのだろう。だけれど、その事実は俺の胸を打った。


「これは……凄いな、未来……」


 市民権を得て、普通のテレビどころか、街頭の大きなモニター、街中の放送にまでVTuberが出現して、ライブまで行っている。こんなムーブメントになっていることに俺の胸は熱くなっていった。そのことを知って、暫く。俺は、最後の確認作業に入る。


「俺が本当にいたのか……」


 そう、此処は本当に俺の居た世界の未来なのか。確認方法は簡単だ。俺の使っていたチャンネルの欠片でも出てくれば、此処は俺の居た世界の未来になる。違ければ、此処はパラレルワールドということだ。そんな世にも奇妙な話みたいなことを考えながら、検索窓に打ち込む。


「……秋城……VTuber……2018年……」


 エンターを押そうとする指が震える。別段、此処がパラレルワールドであったとしても問題はないのだ。隼人———今の俺には、母親がいて、父親がいて、俺のことを一身に愛してくれている。別にこの世界は俺を害そうとしているわけではなく、今のところ俺に都合が悪いことが起こりそうな訳もない。つまりは、前世の知識を活かしながら俺は強くてニューゲームすればいいのだ……だけど、指が震える。俺が居た証拠がない、実は俺の居た世界の方が本当は俺の見ている夢だったのでは?という可能性の存在に他ならなかった。俺の今までのやってきたことが、生きてきた軌跡が……全部嘘であると言われたら、俺はどうすればいいのか分からなくなってしまう。だから、怖かった。そうして、タブレットの前で歯をカチカチならしていると、部屋に一陣の風が吹き込んだ。


「わっ」


 その風があまりにも勢いが強くて、俺は咄嗟にタブレットを抑えながら、瞳を閉じる。風が部屋から抜けていき、目を開くと———。


「なっ……なんだこれ……」


 どうやら突風が吹いた時にタブレットを抑えた勢いで、検索ボタンを押してしまっていたようだ。そこには沢山の記事と関連動画が出てきた。


『【リアル死亡シーン】秋城、伝説の配信【注意】』

『リアル死亡シーンを届けた伝説のVTuber』

『死因解明?秋城の伝説の配信を振り返る』 


 そんな記事が羅列される。そのどの記事にもついて回る、死亡の文字。俺は意味が分からず、とりあえず、一番最初に引っかかった切り抜きを開いてみる。


「いや、お前は俺のカーチャンじゃねえって」


 そんな声から始まる動画。この言葉は言った記憶がある、確か、カフェイン飲料を飲んでいる量を心配されて、だ。そうして、動画が進んでいく、動画の中の秋城が苦しみの声を上げて、派手に倒れる音。


「うわあ……」


 我が事ながら、嘔吐の音までしっかり入っている。


「俺の記憶は此処で途切れてるけど……」


 俺の記憶通り、此処から秋城の応答がなくなる。アキ健がパニくり、コメントも色を変える。


『とりあえず救急車』

『秋城の住所知ってるなら凸?』

『警察ならIPアドレスから辿ってくれんじゃね?』


「あ、そ、そそ、そうだ‼あいつの妹ならこの間連絡先聞いて……」


『んじゃあ妹に連絡だ‼』

『妹チャン気づいて~~~』

『妹ちゃんお兄ちゃんを助けて‼』 


 そうして、アキ健がどこかに連絡をし始める。そうして、ほどなくして部屋の扉が開く音、そして。


「兄さんッ‼‼」


 妹の悲痛な声、そこからはスピーディーだった。妹が救急車を呼び、救急隊が駆け付ける。


「これはもう……息が止まって……」


「それでも、まだ助かる可能性がある‼行くぞ‼」


 そうして、救急隊によって恐らく俺が運び出されていく。そこで切り抜きは終了したのだった。


「俺は死んだのか……?」


 そうして、ネットの海から情報を手繰り寄せていく。すると、すぐに辿り着いたのは当時俺が使っていた、『ゆったー』というSNSサービスのアカウント。そのアカウントにはこう書かれていた。


『秋城の妹です。兄は永眠しました。生前、様々な形で兄に関わってくださり、ありがとうございました。こちらのアカウントは残させていただきます。本当にありがとうございました』


 淡々と事実だけを告げる文章。乾いた笑いが口からぼろぼろと零れる。


「はは……は……はは……」


 俺は死んだのか。脳内が真っ白になる。俺の人生はどうやら俺の知らないところで終了を迎えたようだ。毎日、仕事に忙殺され、やりたかったことも完遂できぬまま、道半ばで、誰の記憶にも残れず、妹を置き去りにして———死んだのだ。


「ははは……そんな人生アリかよ……」


 総括すれば何も残せなかった人生。正確には最後に俺の死亡シーンは残ったのだが……そんなもの残っても俺は納得できない。ちなみに、その後、俺の死亡シーンからの派生記事を辿ると、カフェイン飲料の飲みすぎは命に害を及ぼす、とか、睡眠を削った過酷な配信はやめようとか、そういう啓蒙にはなったらしいのだが。……死後のことなんて俺には何の関係もない。


「はー……明日からどう生きろって言うんだ」


 ショックがでかすぎた。受け入れられない。でも、高山 隼人としての新しい人生のスターターピストルは鳴らされたのだ。だったら、俺は高山 隼人としてまた走り出さなきゃいけない。例え、前世の記憶を持っていたとしても。そんな鬱々とした気分で、部屋の中で蹲っていると、階下から聞こえてくる声。


「隼人―、ご飯よー!」


「あ……はーい」


 母親の声になるべく元気に返答する。返答をしたからには階下に降りて食事を取らねばいけない。タブレット端末を通常モードに戻して、俺は母親の待つ暖かなリビングに向かった。




 あれから俺は真面目に考えた。第一に妹のこと、俺が死んだということはそれなりにまとまった金額の保険金が入ったはずだ。会社のおすすめで入っていたやつだ。万が一に備えて、極力振り込まれる金額の大きい保険に入っていた。———尚、額は覚えていない。だが、大学に入学して、在学中は普通に生活できるぐらいのお金は残っただろう。それなりに貯金もしていたし……最悪、俺がコレクションしていたカードたちをカードショップに持っていけばそれもそれでまとまったお金になるだろう。……ただ、俺は妹が成人するまでを見守ってやれなかった。両親が死んだ日、約束したのに、俺はその約束を完遂できなかった。


「駄目な兄貴だな……」


 だけど、今。妹のことをどうこうすることはできない。接触しても今はただの子供だ。なにもできない、———だから、妹のことは諦めるしかなかった。両親の残した家と俺の残したお金が妹を守ってくれていることを祈るしかない。


 じゃあ、もう一つの無念。誰の記憶にも残れなかったこと。……こっちは間接的には記憶に残っているのだが……いや、認めない。絶対に認めない。これは今世で叶えるしかないだろう、例えば、勉学で優秀な成績を収めたり、誰かとこの人生を添い遂げてもいい。要は、ちょっと要領よく、前世の様にブラック企業に引っかかることなく、高山 隼人の人生を歩めばいいのだ。


 そして、最後の無念。VTuberを続けられなかったこと。これはどうなのだろう、前の無念が晴らされたらもしかしたら消える願いかもしれない。それに今はどうにもできない。まず、パソコンが欲しいなんて言ってもペアレントコントロールガチガチのパソコンが買い与えられて、まず、俺の自室での使用なんて許されないだろうし、親フラしまくりの配信になるだろう。そもそも、配信環境が揃わん。故に、今はどうにもできない。


「まあ、しばらくは平穏な人生を……2週目チートで勝ち抜くことになりますかね」


 そんな決意を新たに、俺は背をぐいっと伸ばしてベッドにぼふ、と倒れるのだった。


 そこから人生はとんとん拍子だった。まず、やったことはこの年でできないことをやって俺は優秀アピールをすること。それを見た両親は当然ながら俺に合った教育環境を俺に与えようと必死になってくれた。する予定もなかった小学校受験をし、私立の小学校に入学。そこから小学校では成績上位をキープし、読書感想文などのコンクールなどにも入賞した。クラブ活動では部長も務めたり、順風満帆な人生を送っていたが———中等部に上がって、俺は2週目チートなんて存在しないことを知る。


「……順位、落ちたな」


 所詮は、先回りして学習したことを使っているに過ぎない。要は、俺が覚えていることしかいい成績が叩きだせない。大人になっても中学の頃学んだことを覚えているかと言えば、No‼と答える人の方が多いだろう。そういうことだ。そうして、目に見えて俺の成績は下がっていった。親はその様子に俺を心配するが……どうにもできない、故に普通に授業を受けて、普通の子供たちと同じペースで学ぶしかなかった。いやまあ、多少は記憶が引っ張られて思い出すことはあったが……それでも微々たるものだ。


 そうして、高等部。この頃になると、もう、大人の達観した部分が見え隠れする子供たちも出てくる。俺は完全に凡人になっていた、成績も振る舞いも。全てが平凡な凡人に。それでも、それでもいいと両親は言ってくれた。本当にいい人たちだった。そうして、大学は雪鷹の台大学に進学し———まあまあ、普通の、ゆるゆるとした大学生活を送っている。そんな大学生活も、1年が終わり、2年が終わり、3年目。この頃になると、薄らと予感してしまう。前世と似たような結末を。現在も特に恋人も作れずに、なんとなく惰性で日々を過ごしてしまっている。そうして、始まった就職活動。学生時代に力を入れたことも、バイトでリーダーになって、なんて曖昧なことしか言えなくて。なんて、中身のない……前世と大した差のない人生。だけれど、それも仕方ない、と自分の中で受け入れ始めていた。そして、心のどこかで「きっとこの先にいい出会いがある」「まだ、なにかチャンスがあれば巻き返せる」そんなことを考え始めていた。そんな他人任せな自分に吐き気を覚えながら。それでも、それを肯定するしかなかった。

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