第2神話   キメラ①

裂け目からは生物、いや怪物と言った方が正しいか。狼の頭部と猿のような毛深く大きな体、足は鳥の足になり、尻尾は百足の胴体になっている。所謂キメラと呼ばれるものだろう。手にはナックルをはめていて、茶色のジャケットを羽織り、青色のジーンズを履いている。


 


 目の前に現れ、突然のことすぎて俺は頭が追いついておらず唖然とした。キメラから放たれる異質なオーラを前にしてしまい、俺は数歩後退りしてしまった。




「前からあった違和感はこれか…!」




 何か神が険しい顔をしながら呟く。全く俺の耳には入ってこなかった。




 「やっと見つけたぞ、じげんの神。さぁ早くこの空間から往ね。」


 


(は?今喋っーー)


 


 発言するとともに、空間に裂け目を作り出し、そこから俺と神諸共消滅させるほどの範囲の光弾を打ち出す。反応に間に合わず、避けられないと確信した。

 その時に頭に浮かんだことは死ねることに安堵することでもなく、死を覚悟することでもなく呆気なく人生が終わってしまうことに、少し物足りなさを感じてしまう自分がいた。


 


(あ、死んだ)


 


 不思議と恐怖心もなく死という概念が近づいてくる。思考が単調になってしまった今、一歩も動くことができなかった。




「ーーい!おい!人間!大丈夫か!?返事をしてくれ!」




 どこかの憎たらしい神の大声が聞こえて来て俺は覚醒し、すぐ横を見ると神がいた。


 


「お前……!」


 


「こうでも言わないと無意識から叩き起こせれないと思ったからな。」


 ガシッ


「うわっ!」


 俺の体を素早く抱えながら左側に移動し、瞬きする間も無く回避した。放たれた光弾はそのまま直線していき、しばらくすると消えた。




「ふぅ、危なかっーー」


  


 安心した束の間、再度光弾が飛んできた。しかも今度は先程よりも速く、威力の強い光弾が真正面から向かってきた。


 神が避けようとした瞬間に、別の複数の光弾が俺達の右側面と左側面から交差するように飛んで来るのに気づいた。




「…十字砲火戦法クロスファイアか。めんどくさい戦法使いやがって。おい人間、俺にしっかりしがみ付いといて。」




 神が苦い顔をしながら呟くと複数個飛んでくる光弾の時間を止めて真正面の光弾は瞬間移動をして避けた。

 だが、同時にキメラは避けた先に小さな裂け目を作り、俺たちの背後に回り込んだ。


「うおっと!」

 

そして無言で殺意を込めた銀色に光る拳を神に向けて振るったが、神は紙一重で体を下に屈めてこの不意打ちすらも避けながら、距離を取った。

 明らかに攻撃が来る前に動いている。予測で動いているとも思ったが、それ以上に的確に攻撃を避けている。

 つまりこいつには、未来を見る能力まで備わっているのか。


[じげんを操る能力]……つくづくよく分からない能力だ。




「おいおいキメラ君。急に襲ってくるのはマナーとしてどうなのかな?まずこういう時は自分の名前と何をしに来たか言ってもらわないと。」



(…いや、職員室にいる先生かよ…)




 またツッコミを入れてしまった....なんでこんなにもペースを乱されるんだ…ていうかもっといいカマの掛け方あったろ......。

 そんなしょうもないことを考えていると、キメラが突如口を開いた。


「お前、俺が気づいていないとでも思っているのか?」


 それは神に対するアンサーではなく、論点からずれた解答だった。神の表情を見ると少し引きつった顔になり、動揺している様子が顕著に現れている。

 そしてまた神の雰囲気が変化した。


「……さぁね。とりあえず俺の要望に応えてもらっていいかな?」


  神は話の方向を元に戻そうとするが、キメラはそのまま話を続ける。


「話をずらして時間稼ぎをしようとするなよ?諦めて早くその人間と儀式の為の古文書を寄越せ。持っているんだろう?今のお前は俺を倒すことも出来ないよな?」


 キメラがやけに自信満々な態度を神に見せる。

 てか、また俺かよ。俺に一体何があるんだ?俺は普通の人間だ。化け物みたいな能力も無ければ、運動も勉強も普通で、特にこれといった長所の無い一般人だ。


 それに、古文書ってなんだ?じげんの神............はは、まさかな。


 ふと神の正体の仮説を立てたが、半信半疑だったのですぐに頭の中から切り捨てた。




「……やだね。俺だってやっとこの人間に会えたんだ。そう簡単には明け渡さない。」




 神がまた俺について言う。明らかに俺という存在に化け物達はずっと執着している。流石にしつこい。俺は我慢ならず、神とキメラに向けて叫んだ。




「なんで俺が必要なんだよ!俺は何も出来ないただの一般人だぞ?こんな俺みたいなクソ人間よりも良いやつ絶対他にいるから!とっとと諦めてくれよ!」


 俺が神とキメラに向かって言いたいことを言って少しだけ気持ちが軽くなった。さっきからずっと話が独り歩きしていて、もうついていけない。




「あ?お前が一般人だと?この俺よりもを醸し出しているお前のどこが一般人なんだ?」




 キメラがまた訳のわからないことを言ってきた。頭がオーバーヒート寸前である。

 神通力?何もかも自由自在になし得ると言われる、人智を超えたあの力のことか?

 勿論そんな力を持っているわけがない。


「だから俺はお前達化け物と違って、能力も何も使えないただのひ弱な人間だぞ?俺にはそんな夢みたいな能力使えない。使えてたら、毎日を楽しく過ごせてたよ。」


 思い返すと何度も強大な力が欲しいと願ったことだろう。こんなことができたらいいな。あんなことをしたいな。

 だが結局そんな夢は現実によって埋もれ、周りの人間に打ち砕かれてきた。本当に自由もクソもない。改めてあの世界から抜け出せたことだけでも大歓喜である。


 終わったことをいちいち考えていると、キメラが再度話し始めた。




「……今は潜在能力としてお前の内に秘められているだけだ。まぁ大丈夫だ。俺がお前を体の一部にしてお前の神通力を引き出して、上手く活用してやろう。そうすれば、お前の憎い相手や何もかも俺達の意のままに操れるぞ?最高の相棒としてどうだ?」


 その発言を聞くとゾッとした。背筋に汗が伝う。


 あんな体でこれからの一生をあいつの一部としてこき使われながら毎日を過ごしていくのか?また邪教徒母みたいに奴隷として扱われるのか?想像するだけでも恐ろしい。俺はキメラに向けて首を横に勢いよく振った。




「はぁ.....お前は自分が矛盾していることに気づいていないのか?」




「え?」




「神や人間が嫌いなんだろう?なのにこんなにも良いチャンスがあるのにおかしいじゃないか。」




(え?は?なんで?そのことはお前に言ってないはずーー)


 


 俺は図星を突かれてしまって、一瞬心拍数が上がるのを感じた。




「あぁそういや言ってなかったな。俺の能力は[くうかんを操る能力]だ。お前の心の中の空間を操り、お前の心の中の声を俺の脳内で映している。じげんの神もそうして心を読んでいるはずだ。まぁ俺はこれでも次元の下位互換だがな。なぁそうだよな?無能?」




 俺に説明するだけでなく、神に向けても分かりやすい嫌味を言った。


 じげんの神の方を見ると、無言で歯を強く噛み締めている。そのため、歯からギリ…ギリ…と歯の軋む音が鮮明に聞こえる。




「何をそんなに怒っているんだ?じげんの神よ?事実だろう?何も出来ず、結局こうして嫌われている。」




 それを聞くと、俺は周囲の人間達を思い出す。このキメラからはアイツらと同じような感じがする。

 事実だから、無能だから。そういったゴミみたいな理由を付け、自分のしている行為を擁護して迫害する。

 考えるとこのキメラに殺意が湧いてきた。




(何でだ?何でこんな事を言われて神は何もしない?自分の尊厳といったものを馬鹿にされてんだぞ?)




 先程からずっと疑問に思っていた。逆に何でここまで我慢ができるのか不思議だった。

 そんな途方も無いことを考えていると神が顔に悔恨の色を表しながら喋る。




「それは……俺だってこんな奴、一発殴りてぇ。だがそれができるのはここが超高次元だったらの話だ。」




 神は俺の心の中を読んだようで、俺が黙っていても話の内容を捉えた解答をする。


 超高次元だったら?なんだ、何か条件があるのか?

 そう思い、改めて神との会話の記憶を辿る。


ーー超低次元の存在になるってのは全ステータスが超弱くなるってことだ。


 じゃあ超高次元はどうなるんだ?超低次元に存在するものが存在を認識出来なくなるまで弱体化するのなら、つまりはその真逆....


「おう、分かったか?そう、俺達神は自分の力が強すぎてもし無闇に使おうもんなら低次元のものをすべて凌駕する。つまり低次元の空間で5%ぐらいの力使ったとしても、軽くこの空間ごと数次元の軸を破壊して半数以上の世界は跡形も無く消し飛んじまうのさ。」


「ご、5%…!?」


 そんな…力だけで…?

 もし、それを越えたらいったい…

 


「……まだこの次元が高次元だったから良かったが、もしお前が生きていた世界に行こうもんなら、その世界に足を踏み入れただけでも全てが消し飛んでいただろうな。」


「…だから俺が今この次元内でギリギリ使える能力は時止めと数秒先の予知と心を読むだけだ。」


 キメラがやけに自信に満ち溢れているのはその所為か…?


 つまりはこの神はそんな絶大な力を緻密に制御しながら、俺を…護っていたっていうのか?

 この時俺は神に対して、なんて反応をするべきなのか分からず戸惑ってしまった。


 

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