第16話 レティアの氷魔術
「やり切れなかったか」
俺たちの魔術を受けた魔物は確実にダメージを受けた。
だが、それでも全滅させることはできなかったらしい。悲鳴を上げながらも、ドタバタと走る音がする。
火魔術で周囲を照らしていると言えども、ここは暗い洞窟の中。普通の人間は目よりも耳が冴えるため、状況判断はそちらからの情報を元に行う。
「敵、見えましたわ! 肌が緑のゴブリン……にしては大き過ぎるような?」
唯一、目が異様に良いメイ令嬢だけが洞窟内で外と変わらず先が見えている。その彼女が口にした言葉から推測するに敵は――――。
「ホブゴブリンだ! 皆、下がれ!! 俺が前に出る!!!」
ホブゴブリンは普通のゴブリンとは全くの別モノ。近縁種ではあるものの、ゴブリンとは名ばかりの怪物である。体長は二メートル近いし、恰幅も良い。その分パワーがあり、普通の人間では正面から戦うことなんてできない。
「少し時間を稼ぎます!」
俺の判断を聞いたエドワードが臭い袋を前方へと投げた。
獣系の魔物のように鼻が利く相手には効果てきめんだが、果たしてホブゴブリンはどうか。まぁ、人並みの嗅覚があれば突然の激臭で一瞬動きは止まるだろうから、その間に俺たちは態勢を整えたい。
「じゃあ、俺はもう一発撃つぜ!」
最後尾のグレイはそのままの立ち位置。
攻撃する余裕がある。
先程同様に火の魔術で燃え盛る人の顔サイズの球を生み出して前方へと放った。
俺は火球と並走しながらホブゴブリンへと接近する。
全部で何体いるのかは分からないが、一体だけ臭い袋を上手くかい潜り前に出てきたためその対処へと向かう。
「一番前は俺が相手をする」
眼前に迫る巨体を見上げつつ、少し速度を落とす。
隣を火球が通り過ぎていく。
ホブゴブリンはにやりと口を歪める。
おそらく己の攻撃範囲にまんまと敵が入り込んできたからだろう。体格からして力勝負は俺が不利。
「何の考えもなく飛び込んでくると思うか?」
俺は左手に灯していた火を魔術で操作して、前方へと放射する。
ホブゴブリンは巨体の割に俊敏だ。至近距離だったにも関わらず、横っ飛びで避けられてしまう。
しかし、それも予想済みだ。
俺は火を放射したまま、左手を横に薙ぐ。それ合わせて火は移動し、ホブゴブリンを追跡する。
今度こそ火がホブゴブリンを襲い、火だるまになる。
引火したことでホブゴブリンが苦しみ始める。
近くにいると巻き込まれるので、後方へ大きく跳んで距離を取った。
「お帰りなさい、リヒト様」
俺が先頭のホブゴブリンと戦っている間に全員が完全に陣形を整えていた。
ガタイの良いグレイと見かけによらず近接戦闘ができるメイ令嬢が前、魔術主体のレティアとサポートのエドワードが後ろである。
先程、グレイがぶち込んだ火球と俺の火炎放射がかなり効果的だったのか複数体のホブゴブリンが前方で慌てふためいているのが見える。
「全部で五体ですわね」
「一階層からこのレベルかよ!」
「あら、最近マシになってきたと思っていたのですけれど……あなたはやはりヘタレですわね」
「二人とも気を引き締めろ。戦闘中だ」
グレイとメイ令嬢が初期と比べる大分仲良くなった。
こうして軽口をたたき合えるくらいには。
ただ、今はそんなことをしている余裕はない。
この状況は先手を打ってたまたま全てが上手く進んだだけに過ぎない。それ自体は嬉しいことだが、先もそうだとは限らない。気の緩みなどは良くない結果を引き寄せる際たる例だと考えているため二人へ注意した。
「あっ、ごめんなさいですわ」
「すまん。気をつける」
と、前方で俺たちが口を動かしている間にもレティアは淡々と魔術を繰り出す準備をしていた。
彼女の周囲の温度が急激に下がる。味方である俺たちさえ、少し凍えている。
「皆さん、前を空けてください」
「分かった」
レティアが大技を撃つと理解した俺たちはサッと左右に別れる。
「氷虎の牙!!!」
次の瞬間、レティアのもとからホブゴブリンたちが立ち往生している場所まで、無数の氷柱のようなものが天井と地面を突き破りながら生えてきた。
それらは易々とホブゴブリンたちを貫き、火を消化する。
大量の緑の血をばらまきながら、ホブゴブリンは氷柱を体から抜こうするが意味はなかった。傷が大き過ぎて、力が入らないのだ。
「すげえ!!!」
初見の魔術である。
グレイは大興奮でレティアをたたえ、メイ令嬢とエドワードは口をポカンと開けて呆然としていた。
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