暗殺者は悪役令嬢に拾われる~乙女ゲーのモブに転生したけど、ヒロインたちに溺愛されてシナリオが破綻した件~
こがれ
第1話 メイドって良いよね
「ひぃ……ひぃ……!!」
薄暗い裏路地にか細い悲鳴が溶ける。
石畳で整えられた細い道を、木組みの民家が挟む裏路地には街灯なんて立てられていない。
民家から漏れ出る淡い光を頼りに、這うように走っているのは小太りの男だった。
男の額にはべとりとした脂汗が浮かび上がり、高級そうな黒いスーツは喧嘩の後みたいに乱れていた。
その顔には恐怖が浮かび上がり、何かから逃げるように足を動かしている。
「た、助けてくれ!! あ、アイツが来る!!」
バタン!!
男は乱暴に扉を開きながら飛び込んだ。
そこは小さな酒場らしい。数組のテーブルと椅子が並び、各席にはたばこを咥えた男たちがぷかぷかと煙を浮かべていた。
酒場の客たちは、飛び込んできた男に怪訝な目を向ける。
しかし、男に周りの目を気にしている余裕などないらしい。男は自身が入って来た扉を睨みつけ警戒している。
キィ……。
どこか遠慮でもするように、ゆっくりと扉が開かれた。
「お、お邪魔します……」
入って来たのは少女のような少年だ。その可愛らしい顔つきは、どこぞのお嬢様と言われても納得するだろう。
少年は新しい職場に戸惑う新入のように、ソワソワと落ち着かない様子だ。
「ひぃ……!?」
「なんだ。ありゃ……」
酒場の客たちは怪訝な目をさらに細めた。
高そうなスーツを着た大の男が、まだ幼さの残る少年に怯えている。
その少年の手に真っ黒なナイフが握られていなければ、誰も男が少年に怯えているなどと思わなかっただろう。
「み、見た目に騙されるな!! コイツは10人以上いた手下をぶっ潰して俺を襲ってきた化け物だ!!」
男は震える手を背中へと伸ばすと、ベルトの隙間から銃を取り出した。
銃口は少年へと向けられる。
「テメェ、ウェッジの野郎が仕向けてきた暗殺者だな。ヤクの売り場を荒らされたくらいでガタガタ抜かしやがって!!」
「……ごめんなさい。ボクも詳しい事情は知らないので」
「そうかよ。じゃあ、なにも説明しないテメェの雇い主を恨むんだな――おい、やっちまうぞ!!」
男の声に合わせて、酒場の客たちも銃を抜いた。
全ての銃口が少年を捉える。
「俺を追い込んだと思ったか? この酒場は俺の縄張りだ。追い込まれたのはテメェなんだよ!!」
「……」
「殺せ!!」
ダン! ――ダダダダダダダ!!
男の発砲に合わせて、酒場中から鉛玉が飛んだ。
雪崩のように押し寄せる弾丸は、少年の体をハチの巣のように――することは無かった。
「ど、どこに消えた!?」
弾丸が届くよりも早く。少年は霞のように姿を消した。
男が消えた少年に驚き見回した時には勝負がついていた。
「……は?」
酒場の客たちは地に伏していた。全員、気絶させられている。
「今度は、逃げないでくださいね」
「ッ!? ばけも――」
男の背後から声が聞こえると同時に――ガン!!
少年がナイフの柄で殴りつけると、小太りの男はバタリと倒れた。
「……終わりました」
少年――『シアン・アーティファクト』は店の扉に向かって声をかける。
扉を開いて入って来たのは、やはりスーツ姿の男だった。
「ご苦労。流石に手際が良いじゃないか」
男はコツコツと革靴を鳴らしながら店に入ると、小太りの男を見下ろした。
「このデブは俺の方で預かる。ウチのシマを荒らした馬鹿は、ウチで処分するのが道理だからな」
「……そうですか」
「それと、お前のご主人様から伝言も預かってる……ほらよ」
そう言って、男は胸ポケットから写真を取り出した。
シアンは写真を受け取ると、ぼんやりと見つめる。
写っているのは銀髪の少女だ。冷え切った瞳は冷たい印象を受けるが、漂う気品から良い所のお嬢様なのだろうと予想できる。
「写真に写ってる娘――侯爵家令嬢の『レイラ・グレイシア』が次の標的だそうだ」
「……」
「妹の誕生日パーティーが豪勢に開かれるらしい。『そこに潜り込んで殺せ』だとよ」
「殺し……ですか」
暗殺を命じられたシアンは、浮かない顔で視線を落とした。
誰が見ても、暗殺を嫌がっていることが分かるだろう。
「おいおい、まさか殺しを嫌がってるのか? お前は暗殺の心得があるって触れ込みで売られてたんだろ……?」
「……」
「ま、どのみちお前に拒否権は無いんだ。首にそいつが付いてる限りな」
男はトントンと自身の首を指で叩く。
シアンの首にはチョーカーのような首輪が付けられていた。前面には真っ赤な宝石が怪しく輝いている。
「主人に命を握られてる奴隷の首輪……お前のご主人様の気分次第じゃ外して貰える日も来るだろうし、それまでは我慢するんだな」
シアンは首輪を付けられた奴隷だ。
生かすも殺すも決定権は無い。それは自分の命でさえも。
シアンは侯爵令嬢の写真を見ると、小さくため息を吐いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
シアンは暗殺者となるために、拷問に近い修行に耐えてきた。
教えられてきた技術には単純な殺しの技だけでなく、暗殺対象に近づくための変装術なども含まれていた。
そんなシアンにとって、パーティー準備のために絶賛人手募集中だったグレイシア侯爵家の屋敷に入り込むのは簡単なことだった。
だった、のだが――。
「やぁ、お嬢さん。良ければ、私の部屋でゆっくりしないかい?」
「あ、あのー、ボク仕事中で……」
「私は仕事後でも構わないよ! 内気ボーイッシュ美形メイドなんて、もう二度と出会えないだろうからね。絶対に逃がせない!!」
どうやら、変装が上手くいきすぎたらしい。
メイドのシアンは、ドレス姿のお姉さんにナンパされていた。
メイドとしてグレイシア侯爵家の屋敷に潜入したシアンだが、別に趣味でメイドを選んだわけでは無い。
パーティーに向けて人手は募集していたのだが、残念ながら求められているのは女性のメイドだけだったのだ。
幸い(?)なことに、シアンはメイドとしての教育も受けていたため性別を偽り屋敷に潜入することはできたのだが……どうやら、上手くメイドになりきりすぎていたらしい。
「はぁはぁ……お嬢さんカワイイね。ぜひ夜のご奉仕もして貰えないカナ? なんちて(笑)」
「あ、あははー」
屋敷の大広間で開かれたパーティーの手伝いをしながら暗殺の機会を伺っていると、変な女性に絡まれてしまった。
今回のパーティーは暗殺対象である『レイラ・グレイシア』の妹の誕生日パーティーだ。
侯爵令嬢の誕生日だけあって、招かれている賓客も地位の高い貴族が中心のはずなのだが……シアンには目の前にいる女性が偉い貴族には見えなかった。
だって、オジサンみたいな喋り方してるし。
ただ、怒らせて騒ぎを起こせばシアンの暗殺計画に支障が出る。シアンに出来ることは首をかしげながら苦笑いを浮かべることだけだった。
「どうかな、私のお誘い受けて貰えるかな!?」
「えっと、他の賓客の方々もいらっしゃるので……」
言外に『あんまり騒がない方が良いんじゃないの?』と伝えてみるが、残念ながら効果は薄いらしい。
女性はなぜか得意気な様子で笑っていた。
「だいじょーぶ! 私って意外と偉い人だから。そこらの貴族に口出しはさせないよ!」
「あら、それでは私ならいかがでしょうか?」
「……あー」
氷のように冷ややかな声がシアンたちの肌を突き刺した。
得意気に笑っていた女性の顔は、赤から青へと切り替わる。信号機もびっくりの早変わりだ。
ギギギ。なんて錆びた音が聞こえてくるほど、女性はゆっくりと振り向く。
「妹の誕生日パーティーで、当家のメイドに言い寄るなんて、流石のご身分ですね」
カツカツとヒールの音を鳴らすのは、黒いドレスの少女だった。
ドレスから覗く白い肌は雪のように白い。シャンデリアの光に照らされた銀髪は雪原のように輝いていた。
写真で見たのよりも、実物は美しく輝いている。『レイラ・グレイシア』が氷柱のように冷たい瞳を女性へと向けていた。
次の更新予定
2024年11月20日 18:00
暗殺者は悪役令嬢に拾われる~乙女ゲーのモブに転生したけど、ヒロインたちに溺愛されてシナリオが破綻した件~ こがれ @kogare771
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