第7話 土地神様に会いに行こう その二
「……はい。じゃあ紹介しまーす」
場所は変わって社の前。
あのまま社の裏で五人集まって話を進めるのもどうなんだ、ということでこちらまで移動してきた次第である。
キリさんは慌てていたが二人に見つかった手前、観念したのかおとなしく連行されてきた。
そして互いを紹介しようと思ったのだが……。
「まずこっちのちっこい二つ結びが井櫻。僕らはイザって呼んでます」
「ちっこい言うな。よろしくお願いします」
「よよよ、よよよろしくおおお願いします……!」
「んで、こっちのデカい筋肉の塊が柊崎。フキと呼んでます」
「よろしくお願いします。RAINやってる?」
「よ、よよよよよろよよ」
「OOOOh, Vibrationnnnn」
キリさんはサラの後ろに隠れながら物凄い勢いで震えていた。やはりというか、男でありガタイが良いということもあって特にフキには怯えているようで、あまりの震えに肩を掴まれているサラも一緒になって消音モードのスマホのようになっている。
うーむこの人見知り神、どうしてくれようか。
「それでこっちが土地神のキリさん……なんだけど。あの、顔出してくれないとちゃんと紹介できないんですが……」
「はっ、すすすすいません! 失礼でしたよね!」
「え、あ、いや……アタシは別に気にしてないけど」
「RAINやってる? なんならメアドでも……ぐおっ」
「Niceな右フックだセッチャン。……イザ、どうかしたノ?」
コイツマジで空気読まねえな。連れてきたのは失敗だったか?
不意打ちで脇腹を殴られて悶絶する
ここに来る前は『神様を騙ってる奴の面を拝みに行くぜコノヤロー』みたいな意気込みだったのに、いざ対面するとそんな様子もない。それどころか戸惑っているようにさえ感じる。
「あーいや、なんというか、さ。イメージと違ってたというか……。え? この子が神様って名乗ったの? ホントに?」
「っ!!」
なるほど。想像と違って拍子抜けしたってだけか。
そんな困惑しているイザに対して、キリさんはというと……ん?
なんかやけに嬉しそうな顔をしていらっしゃる。なんで?
「そそそそうですよね! 普通信じないですよね!?『何言ってんだコイツ』ってなるのが普通よね!? ほらやっぱりセキさん達がおかしいんじゃんか!!」
「……アンタらこの人に何したの?」
「「いや何も」」
イザの疑問に対して、二人で一緒に首を横に振った。
本当に何もしていないのだから仕方がない。ただ僕らがピュアな心持ちですぐに信じただけである。どうしてそんな疑わしい目で見るんだね?
「ていうかむしろ何かされたのはこっちだったというか」
「Flying セッチャンだったもんネ」
「あの時は失礼を……」
「えー……ゴメン、ちょっと信じられないわ。いや、見た目はそれっぽくはあるんだけどね? 二人が言ってた通り綺麗だし。でもやっぱり土地神様っていうのは流石に……」
「まあマジで綺麗だよな。思わず連絡先聞くくらいには」
あ、復活したかフキ。
いやしかし、本人がいても信じてもらえないか。明らかに雰囲気というか、存在感が人間のソレとは違うのが肌で感じられると思ったんだけど……まあそれを抜きにすると今のところ見た目が特徴的なだけの引っ込み思案美少女だしな。信じられないのも仕方あるまい。
どうしたものか、と考えているとサラがポンと手を叩いた。
「じゃあ、Onece again! サイゲンすればいいんじゃナイ?」
「いや再現って言っても……」
流石にまた飛ぶのは勘弁願いたい。
だが悪くない案だ。適当にその辺の手軽な物を浮かせてもらうのが良いかもしれない。
そう思って辺りを見回していると、
「ふむ、じゃあ俺で再現というのはどうだ」
まさかの志願者が出てきた。
土地神様を怯えさせる男、フキである。
「エッ、フキ、いいノ? この前セッチャン怪我したヨ?」
「え? い、いやそんな危ないならやんなくていいって」
「そ、そうですよ。私が言うのも何ですが、万が一にも怪我はして欲しくないですし別の物で……」
「いや、俺も神様ってのは半信半疑なんで。それなら自分で体験してちゃんと信じたいんスよ。それに俺は身体が丈夫だし多少の怪我なら問題ねえ。それに俺が少し怪我した程度で俺もイザも納得してキリさんと良い関係性を築けるなら本望だ」
「フキ……」
……なんて漢らしい発言だろうか。
漢らし過ぎて学校で胸がどうとか言ってたとは思えない発言だぞ。
「で、本音は?」
「むしろ美少女に怪我させられたら興奮するし本望です。やっちゃってください」
……なんて頼もしい変態的発言だろうか。
頭を下げる姿が頼もし過ぎて女性陣からは一歩後退りされたぞ。
フキの新たな性癖が暴露されたのはともかく、本人の強い希望だ。キリさんもドン引きしながら「わ、分かりました……」と呟いて了承した。
変態は神をも凌ぐ。新たな知見を得てしまったな。
「えええっと、出来るだけ上手く浮かせられるよう善処しますので……」
「ええ、よろしくお願いします……おおっ」
フキが言い終わると同時にキリさんがぼんやりと発光し、神通力を発動させた。そしてフキがゆっくりと独りでに浮き上がった。
1メートルくらいのところで静止し、フキがわたわたと手足を動かしてみても落ちてくる気配はない。まるでテレビで見る人体浮遊マジックを目の前で見せられているかのようだ。
……客観的に見るとかなりの衝撃的光景だな。この前は僕もこんな感じだったのかと思うと、サラが興奮していたのも頷ける。
大慌てだった僕とは違い、フキは「すげー」とはしゃぎながら首を動かして周りを見ている。余裕そうだなオイ。
一方でキリさんは手を前にかざしたまま、恐る恐るといった態度でイザの様子を伺っている。
「ど、どうでしょう……?」
「すっご……。でもマジックとかもあるし、うーん……」
「ま、まじっく!? そっか、そういうのもあるんよね……」
しかし往生際の悪いことに、イザはキリさんが神様だと認めなかった。
何故だ。明らかにタネも仕掛けもない、純然たる神の奇跡だというのに。身体だって絶賛発光中だし、何が不満だと言うのか。
などと思いながらイザの顔を見ていると、あることに気がついた。
……アイツ、ちょっと笑ってない?
「他に何かできたりするの?」
「あ、えっと……少しだけ人の考えてることを読み取ったり、とか? あ、勝手に心の中を覗き込んだりはしないのでご安心を……」
「ふーん。
「あ、はい。こんな風に小石とかも……」
「おー凄い」
「し、信じてもらえました?」
「もう一声かなー」
「ええっ!?」
今の会話とあの朗らかな笑顔で確信した。
イザのやつ、キリさんの反応で楽しんでやがる。
「なんて性格の悪い女……」
「セッチャン。心ン中漏れとる」
しまったつい本音が。井櫻さんちょっとこっち見ないでくれます?
真顔でこちらを見ている地獄耳のイザから顔を背けた。
それはさておき、僕の知る限りイザは普段あんな風に人をおちょくったりはしないタイプのはずだ。特に初対面の相手となると尚更である。
ああしているのは他に意図があってのことだろうか。しかし何を……って、そういえば。
『友達が悪い人に騙されてたらって思うと嫌じゃん』
ここに来る前、イザはそんなことを言っていた。
もしかするとアイツなりにキリさんが悪人かどうか判断しようとしているのかもしれない……まあ楽しんでいるのも事実だろうけど。
「…………ま、とりあえず悪い人じゃなさそうね」
どうやら僕の読みは当たっていたようで、イザは納得したようにそう小さく呟いた。
キリさん本人はその意図に気づかず狼狽してるけどね。こういう時こそ心を読めばいいと思うんだけど、発言通り勝手に人の心を読まないようにしているらしい。なんとも真面目な神様だ。
ともかく、少なくともイザにキリさんが悪人ではないということが分かってもらえたようで一安心だ。
とはいえ元々イザの性格的にこうなるのは目に見えていたことだが……それを今更口にするのは野暮ってものだろう。
「おーい。話はまとまったのかー?」
二人の様子を見て僕とサラが一緒に安心している一方、浮き上がったフキは空中に浮いたままこちらに話しかけてきた。
「ンモー。今チョットイイトコだったノニー」
「あ、マジか。なんかすいません」
「あー大丈夫大丈夫。問題ないわ」
「……とりあえずキリさん、一旦アイツ降ろしましょうか」
「そ、そうじゃね。こ、今度は失敗せんように、そーっと……」
僕の言葉にキリさんは控えめに頷き、フキに向けて両手をかざした。
以前の失敗例(僕)で学んだのか、かなり集中している。
邪魔をしないように固唾を飲んで見守っていると、強い風が通り過ぎた。
春の陽気があるとはいえ、風が吹くと少し肌寒い季節である。それは神様も同じだったようで―――
「――……くしゅっ! あっ」
―――可愛らしいクシャミが一つ聞こえたと同時に、フキは運悪くロケットのように射出されたのだった。
「いやーなかなか凄かったな。まさか本当に浮くとは思わなかった」
空の旅から帰還したフキはそう言って快活に笑いながら砂埃を掃っていた。
……いや凄いのはお前だよ。なんでほとんど怪我してないんだ。
目視で10メートルくらいまで上がってたと思うんだけど。普通死ぬだろ。
「キレイにRoll... 転がってたネ! セッチャンより上手!」
「元々教えたの俺だしな……で、キリさんはそろそろ顔上げてくださいって。ほら、怪我もほぼ無いッスよ」
「すいませんすいませんすいませんすいません!!」
キリさんはというと、またしても頭を地面に擦り付けていた。
神様には人を浮かせた後に土下座をする慣例でもあるのだろうか。
「気にしなくていいですよ。この筋肉ダルマは頑丈なのが取り柄なんで」
「照れるぜ」
「い、いえ……集中しきれなかった私の未熟さ故に一度ならず二度までも……。もっと精神を鍛えねばと猛省している次第であります、はい」
「Japanese BUSHIDOのセイシンだ!」
なんで急に武士になってんのこの
古き良き日本的研鑽の精神は一旦置いといて、サラと一緒にキリさんを立ち上がらせた。それから申し訳なさで顔に影が差しているキリさんをサラが抱きしめて撫で繰り回し始めた。ムツゴロウさんかお前は。
「で、イザ的にはどうなんだ?」
「え?」
「いや、神様ってのは信じられたのかって話」
「ああその話か。……まあ、神様ってのを信じる信じないは置いといて、悪い人じゃないのは十分知れたかしら」
イザは腕を組みながらニヒルな笑みを浮かべた。
……まあ、信じるとまではいかずとも受け入れてもらえたのならいいか。
「ま、まあ信じてもらえんでもそう言ってくれるならよかった……です」
「まあキリさんの性格からして悪い事しそうにないのは分かり切ったことだし、どの道こうなってたと思うけどね」
「……ん? それじゃ俺が飛んだ意味って……」
「なかったんじゃネーノ?」
ついでに言うと落下した意味もなかったな。まさに骨折り損である。折れてないけど。
「その、ごめんなさい。アタシ疑り深いとこあるから、怪しいとか言っちゃって」
「あ、頭を上げてください! い、いきなり土地神がどうとか言われて疑うのはと、当然です! それにその……神様らしくないのは自覚がありますし……」
「「それは
「せめてどっちかはフォローしてやれよ」
申し訳ないがそれはちょっと擁護しかねる。
それからお互いに頭を下げ合う二人。……いや一人と一神か?
なんだかキリがないな……と思い始めた辺りでサラが飛び出した。
「トニカク、これから二人ヨロシクってコトだヨネ! All's
「……うん、あらためてよろしくお願いします」
「はは、はいぃ」
二人の手を互いに握らせたサラはこちらにドヤ顔を見せつけてきた。
半ば無理矢理な握手とあの顔はともかく、彼女の言う通りだ。イザもキリさんも気にしすぎるのは良くないしね。
とりあえずドヤってるサラには頷いておこう。
「それと……セキとサラも、ごめん。騙されてるとか色々言って……」
イザはキリさんとの握手を終えると、今度は僕とサラに向けて謝ってきた。律儀なヤツだなぁ。
「気にしてないって。僕らのこと心配してくれたんでしょ?」
「ウンウン、ヨキにハカラエってヤツヨ」
「それなんか違くない?」
「……あー、なんだ。とにかく、全員気にしてないみたいだしいいんじゃねえの? あんま思い詰めんなって」
「……それもそうね。フキもありがと。怪我は大丈夫?」
「問題ないって。むしろ美人に怪我させられたら興奮するし」
「「「うわぁ」」」
そうやって笑うフキから三人で一歩距離を取った。
と、まあいつものノリはともかくとして……かなり身体を張ってくれたフキには感謝したい。ふざけていてもきちんと状況を俯瞰して見ているし、怪我だって歯牙にもかけないでいる辺り、やっぱり良い奴なんだよな。
時々変なことを言ったりせども、それを補えるほどの人間性がある。それがフキという僕の親友で……
「ところでさっき浮いてて思いついたんだが神通力使えば多少ハードなプレイもできそぐわあああああ!!」
見直した途端に何か言い出したのでイザと僕で殴り飛ばして黙らせた。
うん、僕らの絆はより深まった。
ありがとうフキ。お前はしばらく出禁にしよう。
○○〇
「ところでサラ。キリさんといつの間に仲良くなったのさ」
「この前サラさんがお供えを届けてくれたんよ」
「一昨日ネ。そこで色々話してイキトーゴーってヤツヨ」
「一昨日も来たの? 前の日に一緒に来たのに……」
「―――チョット確認も込めて、ネ。……セッチャンにはナイショだケド!」
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