第6話 土地神様に会いに行こう その一
「――というわけで会いに行こうと思う」
数日経って土曜の登校日の放課後。
僕が鞄を肩にかける寸前でフキが突然そう言ってきた。
「会いに行くって……誰に?」
「ほら、この前言ってただろ。土地神がどうとか」
「土曜だからアタシら部活もないし、ちょうどいいと思って」
あ、イザもいたのね。フキの陰に隠れて分からなかった。
ていうかその件か。結局あの日はイザにはあまり信じてもらえなくて、サラと僕が騙されてるかもって心配させることになったんだっけ。
「お前らの説明だとなんか要領を得ないっていうか……コイツが直接見て確かめたいんだとさ」
「いやだって……普通に信じられないし。友達が悪い人に騙されてたらって思うと嫌じゃん」
照れくさそうに目を逸らしながら発言するイザ。人見知りにも関わらず会う気でいる辺り、どうやら本気で心配してくれているようだ。
普段は語気が強くて当たりがキツいところもあるけど、基本的には優しくて良い子だからなぁ。
「気持ちはありがたいんだけど、今日はちょっとやることがあってさ」
「え、そうなの?」
「うん。帰ってサブスクで映画を見るという重要な用事が」
「よし、行くか」
……僕の言葉は届いているはずなのに、何故か目の前の巨漢に羽交い締めにされた。
「話を聞いていたかいフキ。僕は帰って今日から新しく配信されたホラー映画を見るんだ」
「タイトルは?」
「『花子さん激走伝説2 ~アスリート走り二宮金次郎像の罠~』」
「絶対ホラーじゃないし十中八九クソ映画でしょそれ」
「二宮金次郎に謝れ」
人の楽しみに対して散々な言い様だなキミ達。さっきまでの優しさはどこへやった。
「ていうか、サラと一緒に行けばいいじゃないか。キリさんだって僕よりあっちの方が話しやすいみたいだし」
「それも考えて先に声を掛けようとしたんだがな。あんな感じだから話かけられなくてな」
フキの指し示した方向を見てみると、なにやらサラを中心に軽く人だかりが出来ていた。
周りの人達は……去年は違うクラスだった人が大半だな。
「普段部活で放課後に話せない人が殺到してるみたいよ。あの子、人気者だからね」
「一年の時から目立ってたしな。同じクラスになって話しかける奴も増えたんだろ」
二人の言う通り、サラは入学当初から注目されていた。
最初の自己紹介の後、整った容姿や明るい性格で瞬く間に周囲からの人気をかっさらっていったのを覚えている。
ただ、その裏で言葉の壁に悩んでいたことも僕らは知っていた。
言葉の勉強を放棄して絵での方が物事を簡単に伝えられるからと言って色々描き始めたり、イザとフキに対して実は少し警戒気味で笑顔が不自然だったりしたのが懐かしい。二人と仲良くなってからは四人で集まってお互いに日本語と英語を教え合ったりしてたなぁ。
そういえば最初はボディランゲージでなんとかしてたところも多かったっけ……。
そんな彼女も、今ではああやって自然な笑顔で人と関わっている。そう思うとなんだか感慨深い。
思い出に浸っていると、イザも似たようなことを考えていたらしい。僕と同じようにサラの方を見ている。
「……成長したなぁ」
「うん。凄いよね、あの子」
「ああ、デカくなったよな。特にあの胸」
「Oh gee... オマタセ! 久しぶりに皆一緒に帰れるネ……って、なんでフキ殴られてンノ?」
○○〇
あの後、僕は合流したサラに二人を押し付けて帰ろうとしたが、抵抗空しく再び捕まって連行されることになった。
まあサブスクの映画視聴は猶予があるからいいんだけどさ……。
そして今はサラと一緒にフキとイザを連れて山道を歩いて案内しているわけだが。
「サラはともかく、二人は階段大丈夫?」
「俺は問題ない。問題はコイツだ」
「ひぃ……ひぃ……だ、誰か背負って……」
そう、問題はイザだ。
運動部で体力のあるフキに対して、イザは文化部であり運動嫌いの人間である。
つまり、体力が恐ろしいほど無い。
「いや、まさかここまで虚弱とは予想外だったよ……」
「ウチのオバァチャンよりか弱き生きモノ……」
「休日にマウンテンバイクで峠を攻めてるアザミさんと比べるのは可哀そうだって」
「サラのばーちゃん何者だよ」
今日の天気は快晴。変則授業で早く学校が終わったのもあってかまだ日は高い頃合だ。春の過ごしやすい季節とはいえ、日差しに当たっていると少し暑く感じる気温である。
そんな状況でインドア派のイザの体力が太陽に吸われるのも分からなくはないが、流石に階段の途中で休憩し続けるわけにもいかない。
仕方がないのでフキに荷物を預け、イザをサラが背負い、それを後ろから僕が押す形で運ぶことになった。
「お前もうちょっと体力つけた方がいいぞ」
「うるせぇ運動部……こちとら体力をつけるための体力がないんだよ……」
「服を買いに行くための服がないみたいだな。でも僕もフキに賛成だよ」
「ウン。これは心配になるヨ?」
「運動出来る奴らに運動できない者の気持ちは分からないのよ……」
イザが極端にできなさすぎるだけな気がするけど……。
そんな話をしているうちに階段を登り終え、四人で鳥居をくぐった。
「話には聞いてたけど小さい神社だな」
「でも敷地は結構広いね。雰囲気は悪くないし、結構綺麗」
「セッチャンがevery week お掃除してるからネ」
「ただの習慣だけどね。キリさんどこだろ?」
辺りを見回すが、土地神様……キリさんの姿が見えない。
この前は僕とサラが着いた時点で既にいたんだけどな。いや神様ってそんな簡単に会えるものじゃないし、むしろこの状態が自然なんだけどさ。
「イザ、降ろすヨー」
「おぐぅ、気分悪い……」
「荷物置いてもいいか?」
「うん、ありがとうフキ」
疲れているイザとフキを木陰で休ませて、僕とサラはキリさんを探してみることにした。……が、そもそもここは敷地が少し広い程度で社は小さいし、隠れられる場所なんてほとんどない。
とりあえず二人で賽銭箱の前に立ってみるも、特に誰かがいるような気配も感じられなかった。
「いないねェ」
「うーん、神様だし出てくるのも気まぐれなのかな」
「ワタシらのこと忘れちゃってたりシテ。ほら、時のナガレが違うトカ」
「人間と違ってほんの一瞬にしか感じられない、みたいな感じか。まあありえなくはない……かも?」
「ンー、忘れてたらイヤだナー。サイセン入れまくれば出てこないカシラ?」
「そこまでがめつい
財布を取り出そうとするサラを手で制していると、視界の端に一瞬だけ白い髪のようなものが見えた。
……裏の倉庫の方に行ったな。
「……サラ、本殿の裏手」
「……Roger」
小声で簡潔に話し、僕らは迅速に行動を始めた。
音を立てないように左右に分かれて社の裏に向かう。そしてお互いが角まで移動したところで基礎の隙間から合図を送る。
(よし、ストップ。……GO!)
「Stop right there! シンミョーにお縄につけーィ!」
「よし、確保ー!」
「ひゃああああ!!」
同時に飛び出し、叫び声を上げる着物の白髪美人……我らが
「「ぐわああああ!!」」
指一本触れることなく二人仲良く裏の低木にふっ飛ばされた。
そういえば神通力があった。忘れてました。
「……えっ、あっ、サラさんにセキさん!?」
おお、覚えてくれていた。
しかしよく分かったな。上半身が低木に突っ込んだままだからキリさんからだと僕らの足しか見えてないはずなんだけど。客観的に見て絵面が間抜けすぎる。
「こんにちは。この間ぶりです」
「デス」
「あ、うん。こんにちは」
低木から抜け出し、身を正してあらためて挨拶すると、土地神様は困惑顔で挨拶を返してくれた。数日経っているのもあって忘れられてるかと心配していたけど、どうやら杞憂だったらしい。
「あの、なんでさっきは飛び出してきたん?」
「すいません。他の友達と馬鹿やってる時のノリのまま、つい」
「ゴメンナサイ」
「い、いえいえ。友達の……それならまあ、うん」
僕とサラが頭を下げるとキリさんは納得してくれた。なんだか少しだけ嬉しそうな表情をしている。
……それにしても、喋り方がこの前ほど緊張して
「テユーカ、そっちこそなんで隠れてたノ?」
「あ、いや……知らん人がおったけえ、つい……」
「知らん……ああ、フキとイザか」
「その、二人が来たのが見えて出てきたんじゃけど、でもやっぱり知らん人は……その……」
……僕とサラが来たのを見て出てきたはいいが、知らない人間もいることに気が付いて身を隠したってことか。
キリさん人見知りっぽいしな。……そう思うとこの前はよく僕に話しかけられたものだ。
「と、ところで今日はどのようなご用件で……? あっ、本の情報とかは……!」
「それはまだです。すいません」
「アノ二人にキリチャン紹介したくてサー」
「そ、そっか……。そっかぁ……」
今露骨にガッカリしたなこの神様。
……ん? 今聞き間違いでなければキリちゃんって呼ばなかった?
「おま、神様にちゃん付けって……」
「エ、この前もっと砕けてイイって言ってたからサ」
「……たしかに。ただその、失礼だったりしません?」
「あ、い、いや……別に大丈夫よ。むしろ、嬉しいけん……へへ……」
「アタシもサラチャンでイイヨー」
「そ、それはちょっと時間が欲しいかも……」
やだこの子ったら、すっごい距離の詰め方。
ただ、キリさんの表情を見るに嫌がっているわけではないようだ。むしろ嬉しそうな感じだし、それなら僕が横からどうこう言うことはないか。
……ていうか、これだけ話せるならあの二人に会わせても問題ないんじゃないか?
そう思って口を出そうとしたところで――
「あのさー二人とも裏で何して――あっ」
「さっき悲鳴聞こえたけど大丈夫か――おっ?」
「「「あっ」」」
――イザとフキ、件の二人が様子を見にやってきた。
そりゃあんだけ騒げば来るよね。
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