第3話 土地神様の扉が開かれた その一


「セッチャン、帰ろうゼ!」


 今日の授業とホームルームが終わった放課後。

 突如として背後から明るい声と衝撃が襲ってきた。


「ぐへッ」


 僕は鈍い音とともに机に頭をぶつけ、情けないうめき声を吐いた。そしてそのまま声の主に伸し掛かられる形で押しつぶされることになった。


「サラ、急に飛び込むのは危ないって……」

「すげえ音したな。セキ、大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫……っでぇい!」

「ぬがッ!」


 友人である二人の男女……柊崎フキザキ井櫻イザクラに返事をしながら、うつぶせのまま下手人の頭を掴んだ。

 不意打ちによって容易に掴むことができた。そのままワシャワシャと撫で繰り回す。


「す、Stop it! 髪型が崩れるって!」

「僕の顔面は崩れてもいいのかコノヤロー」


 両手を払われたので振り向けば、赤毛がぼさぼさになったポニーテールの半分アメリカンガール……もとい、榎園エゾノサラが頭を押さえて抗議していた。


「大丈夫でしょ。元から崩れてるようなモンだし」

「逆に整形されて良くなるかもしれん」

「え、僕の味方いない感じ?」


 友人という紹介を早速撤回したくなってきた。

 というかアレだ。僕の面構えが悪いんじゃなくてお前ら三人の顔面偏差値が軒並み高いのがおかしいんだよ。相対的に僕が劣っているだけだ。

 ……自分で考えてちょっと泣きたくなってきた。


「ワタシは悪くないと思うヨ?」


 慰めるようにサラはポンと僕の肩に手を置いた。

 いや話の大元の原因はお前なんだけど。



 とまあ、そんなやりとりがありつつ。

 僕はサラと二人で帰路につくことになった。


「フキとイザ、来なかタね」

「まあ部活も忙しくなる時期だしなぁ」


 日が傾いて町が朱く染まる中、適当な会話をしながら歩く。

 サラの言うフキとイザというのは、先程の二人のことだ。柊崎のことをフキ、井櫻のことをイザというあだ名で呼んでいる。


 駄弁りながら帰る僕らと違ってあの二人は部活動に所属しており、一緒に帰る頻度は少ない。

 二年生になって数日、そろそろ新入生の見学も始まっていて特に忙しい時期だろうし、しばらくは一緒に下校はできないだろうな。

 そんなことを考えながら道を曲がった。


「アレ? 今日ってアソコ寄るノ?」

「今週の土曜は登校日だしね。ついでに今日参っておこうかと思って」

「フーン。じゃ、ワタシもついてくヨ」


 サラの言った『アソコ』というのは、僕が毎週掃除を行っている小さな神社のことだ。

 いつもは土曜日の朝に掃除しているけど、今週はできそうにないので今日行っておくことにしたのだ。


「階段結構あるけど大丈夫?」

「Haha, これでも管理してるトコの娘ダゼ?」

「それは知ってるけどお前ほとんど来ないでしょ」

「時々行ってらァ。セッチャンいない時だけど」

「前行ったのは?」

「半年前」


 ほぼ行ってないでしょソレ。

 学校帰りということで疲れているからか突っ込む気力もなく、階段を登りながら他愛のない話を続ける。


「そういえばアレだナ。ワタシとセッチャン、1st Anniversary!」

「ん? ああ、そっかもう一年か」


 彼女の言う通り、僕らが出会って丁度一年くらいになる。

 入学前に掃除に来たら偶然サラがここにいたんだっけ。


「あン時はウンメイを感じたよネー」

「これからもよろしくお願いします」

「ヨロシク! それでサ、イチネンキネンてコトで今度……んぶっ」


 喋っていると時間はあっという間で、いつの間にか階段を登り切っていた。

 そして鳥居の前で立ち止まった僕の背中にサラの顔がぶつかった。


「どしたのセッチャン」

「あ、ゴメン。誰かいるみたいでさ。参拝かな?」

「エッ、こんな寂れたトコロに!?」

「お前ンとこの神社だろうが。静かにしな」


 驚くサラを制しながら、社の前で佇む人影をよく見つめる。

 するとそこには――



 真っ白で長い髪。

 風で揺れた髪の隙間から見えるとても綺麗な横顔。

 白を基調とした立派な着物。



 ――そんな姿の女性が社の前で佇んでいた。



「Oh, Japanese clothes... Yukataだったっけ?」

「いや、アレは着物の方。最近だとちょっと珍しいかもね」


 サラの疑問に答えつつ、鳥居の傍から観察を続ける。


 ……うむ、何度見ても白い。

 所謂いわゆるアルビノというやつだろうか? 顔つきはなんとなく日本人っぽいし。

 身長は低めで、顔つきは少し幼げに見える。

 年齢は僕らと同い年、もしくは少し年下だろうか?

 彼女は何か本を読んでいるようで、時々本を閉じてはぼうっと虚空を見つめる、といった行動を何度か繰り返していた。


「なんの本だろネ?」

「歴史書とかかな?」


 とにかく邪魔にならないように、僕とサラは静かにその横を通り抜けようとした。


「──あっ! えっと、そ、そこの……男の子!」

「はい?」


 二人で横を通り過ぎたところで、女性が声をかけてきた。


「セッチャンの知り合い?」

「いや……?」

「あ、いや、なんというか……こちらが一方的に知っとるだけっていうか……」


 自分で呼び止めたにも関わらず、目の前の女性は声が尻すぼみになっていった。

 もしかして話すのはあまり得意じゃないタイプなのだろうか。


「一方的に、というのは……?」

「アレじゃない? 毎週掃除してるカラ」

「そそ、それです。はいぃ」

「ああ、なるほど」


 この社に興味があるとかそんなところかな。

 落先生もこの神社について調べていたし、この人も似たような類だろうか。

 別の時にでも訪れていて、掃除している僕を見かけたってところだろう。


「えっと、この社について訊きたいとかそんな感じですか?」

(ふいっ)「ええと、そ、その……」

「あー、でも社についてだとコイツの方が詳しいかも」

(ふいっ)「そそそそうではなくて……」


 話しかけるたびに必死で視線を逸らされる。

 ……僕、そんなに背けるような顔してる? 美人にやられるとものすごい心にくるんだけど。


「ネー、スッゴイキレーなKimonoダネ! 触ってもイイ……オゥッ」

「すいませんねーうちのが」

(ふいっ)「い、いえ」


 僕が肩を落としている一方でサラが無遠慮に距離を詰めようとしていたので肩を掴んで止めた。

 そして軽く助けても目を合わせてくれない。ちょっと泣きそうだよ僕は。


「あの、ええっと……呼び止めたのは、ここ、この本についてで」


 サラに慰められるように肩を叩かれていると、女性は持っていた本をこちらに渡してきた。

 これは……彼女がさっき読んだり閉じたりしていた本だ。


「……」


 無言で本の表裏を確認する。

 紙のカバーで包装されていて、表紙は見えない。丁寧に扱われていた物のようで、とても綺麗な状態だ。


 ……なんかこの包装の感じ、見たことある気がするな。それもごく最近。


 ……いやいや、まさかね。

 あれらは全部処分したはずだ。間違いなく先週、業者に渡して焼却処分と相成ったのだからここに存在するはずはない。きっと包装と大きさが似ているだけさ。


「なんの本?」

「ちょっと待ってね……」


 無邪気に覗き込もうとするサラを宥めつつ、背を丸めて本を隠す。

 あくまで、あくまで僅かな可能性があることを危惧して、サラには見えないように小さく開く。するとその1ページ目には……。




『くんずほぐれつ★ランデブー♡』




 そんなタイトルと共にかなり美形で上半身をはだけさせた男性二人が抱き合っている表紙があっ……。




 ッスパン!!!!!!




 勢いよく本を閉じると白髪の女性の腕を掴んでサラから距離を取る。

 そしてそのままの勢いで彼女に詰め寄って問い質した。


「何故これがここにある」

「ひいいい」


 焦って思いの外低い声が出てしまい、怯えさせてしまったようだ。しかしそんなことを気にしている余裕は僕にはない。


 もしかして先週ここで袋を落とした時、一冊拾い忘れていたのだろうか。

 いや、それにしてはあの時確実に回収したはずの一冊と中身が一緒だった。

 それに彼女が僕に話しかけてきたということは、コレはあの時の本の一冊でほぼ間違いないだろう。


「す、すいません、取り乱しました。あの」

「あえあわわばば」


 混乱して取った無作法な行動を謝罪しつつ、一旦距離を空ける。

 それから色々と問い質そうと思ったのだが、目の前の彼女は完全に慌ててしまっているようでまともに話せる状態ではなくなってしまっていた。


 まあ初対面の異性に凄まれたら怖いよねそりゃ。

 いや僕としては別の意味で怖いものが手元にあるわけだけど。


 申し訳なさを感じつつ、早いところ話を訊かねばと内心焦る。


「何してんノ二人トモー?」


 空気を読んで離れたままのサラも心配そうにこちらの様子を伺っている。が、そろそろ我慢できずに突っ込んでくる頃合だろう。

 このままでは身内のマイノリティな趣味嗜好がサラにもバレてしまう。

 敬愛している姉のそういった部分をあまり外部に晒すのはまずい。まずいっていうか居たたまれない。


 ま、まずはどうにかこの人を落ち着かせないと……。

 どうしたものかと悩んでいると―――




「――……ん?」




 突然、謎の浮遊感が僕を襲った。



 え、なんだこれ。

 足裏に違和感を覚えて下を見ると、僕の足が地面から離れているのが分かった。

 そういえば『地に足のつかない』なんて表現があるな。

 あれは落ち着きがないとかそういう意味だったかな?

 しかし僕は落ち着きのある男。冷静にもう一度確認しよう。


(……チラッ)


 うん。たしかに落ち着かないなこれは。

 今は比喩表現でもなんでもなく本当に足がついてないけど。


 いやあ困ったなこれは。



 ……いやホントに困ったなコレ!?



「うおお!? なにこれ!!」


 現実離れした状況に混乱しつつ、ようやく現状を飲み込んだところで僕は声をあげた。


 なんだこれ、なんで浮いてんの僕!?

 後ろから掴みあげられているわけでもない。僕一人が浮いている。

 必死に手足を動かすが僕の意に反してまったく降りる様子はなく、それどころかじわじわと高度が上がっていっており恐怖が頭の中を支配してきた。


 浮いてる理由とかどんどん上がっていってることとか、諸々全部含めて何もかも理解の外でマジで怖い。


 焦りと混乱で錯乱寸前になっていると。下でサラが近づいてきていた。

 そして僕が助けを求めるよりも先に彼女が口を開いた。


「エエエエ!? セッチャン何それすっげェェ! いつの間にそんなPowerをオ身に付けていらシテ!?」

「なんで感動してんの!? あとコレ意図的なものじゃないから助けてください!」

「糸じゃない!? すげェ!!」


 だめだこの二分の一アメリカン。目がキラキラしていらっしゃる。


 そうこう言い合っているうちにも僕の体はだんだんと上に登っていく。

 これはもしやアレか。天に召されているとかそういう感じなのかもしれない。バリバリ生身のままだけど。

 だんだん混乱が一周回って冷静になり、周りを見る余裕も出てきた。

 目視で見て……今は大体4、5メートルくらいだろうか。


 ああ、高度がゆっくり上がっていく。

 さようなら現世……。

 

「ネー、アレどうなってンだろネ? ていうかアナタなんか光ってネ?」

「は、はい!? ……えっ、あっ!!」


 なんか下がうるさいな。

 静かに僕の門出を見送ってくれないものか―――



「すいませんすぐ降ろします!!」



 白髪の女性がそう言った瞬間、僕の体から浮遊感が消えた。




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