からあげにレモン

倉井典太

 会社の飲み会禁止令が解け、俺達六人の新入社員は去年できなかった親睦会を開くことになった。発案者は俺だ。

 六人掛けの座敷にぴったり六人全員が着座して、各々が会話を楽しんでいた。


「これ、新藤に回してー」


 俺の右隣の出入り口側に座る”田所”が、対面一番左奥の”新藤”君にビールを回すよう頼む。笑顔で受け取った俺の正面に座る”木村”さんが、それを新藤君に回す。俺から見て木村さんの右隣に座る”佐々木さん”は、店員さんから受け取った飲み物をとりあえずテーブルに置いて行っている。


「このビールはオレと”山本”かな?」


 田所は、中央に座る俺に対してビールを渡し、自らの前にもビールを置く。この役目は幹事である自分がやるべきだったと、俺は座る位置を間違えたことに少し反省をした。


「ええと、これが私のジントニックで、こっちが木村さんのカシオレかな?」


 俺から見て対面右の佐々木さんが、自分の飲み物と、隣の木村さんに飲み物を配る。


「こっちがワインであってるよね? 影山くん」


 佐々木さんが、木村さんのカシオレと見比べながら渡すワインを俺が受け取り、自分の左隣の影山君に回した。


「……ども」


 影山君はボソリとお礼を口にして、ワインを受け取った。


「うん。じゃあ全員飲み物揃ったな? 山本、乾杯の音頭頼むわ」


 田所がそう言って俺に振って来る。

 俺は「うぇー? 俺こう言うの苦手なんだよー」と、お約束の反応をすると、自分のグラスを持ち、目の前に掲げながら、


「う゛う゛ん……えー本日はお忙しい中、この親睦会にお集まりいただき――」


「うおおい! 真面目かよ!!」


 これまたお約束のボケをする俺に、田所がツッコミを入れる。それに、木村さんと佐々木さんの女性陣や、新藤君がクスクスと笑う。

 その光景に、俺はホっと胸をなでおろす。


「んじゃ、カンパーイ!」


「「カンパーイ!」」


 俺はグラスに口を付けて一口だけビールを飲むと、直ぐに机にグラスを置いた。テーブルにはまだ、お通しの枝豆とスピードメニューのやみつきキャベツしか並んでいないが、先に何か胃に入れておかないと、直ぐに酔いが回ってしまう。かといって一番最初に食べ物に手を付けるのは、なんだか気まずい。


「お通しは枝豆安定だよな。ちょっと芸が無いけど」


 そう言いながら、新藤君が枝豆を一つ口に入れると、それに続いて佐々木さんも、


「わかるー! たまに意味の分からないお通し来たりするよねー」


 彼女もそう言って枝豆を口に運ぶ。そのやり取りをきっかけに、各々がいそいそと食べ物に手を付け始めた。

 そして間もなく、頼んでおいた食べ物が続々と机に並び始めた。


「田所君はもう一回ビールでいい? じゃあビール二つお願いします」


 新藤君が田所のビールが空になったのを見て、店員さんに追加の注文をする。

 しまった! 幹事の俺としたことが、気づかなかった。くそ、気が利く男を演出したいのに、初っ端からこれか。というか田所、飲むの早すぎだろ!


 新藤君は、俺と田所と同じ営業部に所属している。うちの会社は基本、ルート営業なので所謂ノルマとかは無いのだが、彼の上司からの評価は俺達はおろか先輩を合わせてもずば抜けている。しかし彼はそれを鼻にかけることなく、何なら周りを気遣ってくれるため、同僚からの信頼は厚い。しかも、そう、イケメンなのである。きっと彼はパリピで場慣れしているに違いない。だからこんなにも気が回るのだろう。


「新藤君って、普段、休みの日とか何してるの?」


 佐々木さんが新藤君に質問をする。

 彼女は経理部の経理課に所属しており、勤務態度はとても真面目だと聞いている。そしてその性格を表すように、少し神経質そうな顔をしている。


「うーん……休みは結構、家でのんびりしてるなー。大体ゲームとかやったりゴロゴロしたりしてるよ」


「えー意外! もっとキャンプとかアウトドアな趣味なのかと思ってた!」


 こんなキャピキャピしている佐々木さんは会社では絶対に見られないだろう。彼女の意外な一面を見てしまい、ギャップでなんか複雑な気分になってしまう。そしてその二人に挟まれた木村さんは、先ほどから一言も発さずにニコニコしながらカシオレを飲んでいる。


「そういう佐々木さんはどうなの?」


 新藤君が佐々木さんに質問を返す。それに対して、佐々木さんは「えー! 何だろー!」と嬉しそうに両手に手を当てながら体を揺らす。


「音楽聞いたり、読書したり! あとはたまに創作料理とか作ってるかなー」


 佐々木さんらしいと言えばらしいのだが、あまりにテンプレな趣味に、どこまで本当なのだろうかと疑ってしまう。それは先ほどからの彼女の様子も含め、俺の中の佐々木さんのイメージが悪い方へ傾いている影響かもしれない。


「へーめっちゃイメージ通り! めっちゃ家庭的じゃん!」


 これに反応したのは新藤君ではなく田所だった。良くも悪くも空気が読めていないが、これはこれでコイツの良い所でもある。佐々木さん的には新藤君に反応がもらいたかったのだろうが、田所を見ながら変わらずニコニコしていた。


「音楽か、みんなは音楽とか聞く? 俺は最近”Mr.BLUE GRASS”にはまってるんだけど」


 新藤君が全体を見渡しながら話題を出す。


「わかるー! いいよねー”ミスタ”。今時カントリーミュージックってのが逆に新しいよね!」


 いの一番に反応を返す佐々木さん。そこに今まで黙っ微笑んでいた木村さんも口を開く。


「ウチわぁー。”こいにゅん”とかぁー”ヒルウマ”とかぁー”うた☆おじ”とかぁー――」


 いかにもぶりっ子な口調でアーティスト名を上げていく。彼女は会社でも、ザ・オタサーの姫と言ったような雰囲気で、今のでそれが裏付けられた形となる。所属は総務部だが、普段どんな仕事をしているのかはあまり関わったことが無いので分からない。


「オレは”阿鼻~地~あびーじー”とか聞くよ」


 田所もそれに答える。しまった、余計なことを考えているうちに、話に置いて行かれてしまっている。でも、俺も最近はこいにゅんとかヒルウマとかしか聞いてないし……。


「影山君は曲とか聞かないの」


 新藤君が先ほどから一切言葉を発していない影山君を気遣って話を振っている。しかし彼は多分こういう場ではあまり話したくないタイプだろうから、放っておいてあげた方が優しさなのではないだろうか。


「……おれ、アニソンとかしか聞かないし。あとは古いJPOPとかたまに聞く」


 ほら、なんか変な感じになったじゃん。こういうところ陽キャは空気が読めなかったりするんだよな。


「へー、アニメ見るんだ。俺も結構アニメ見るんだよ」


 そして、お決まりのごとく誰もが知ってる大衆アニメを挙げるのがセットである。


「”伝スラ”とか”そのすば”とか知ってる? 俺、ああいうの好きなんだよねー」


 イケメンから意外な単語が出て来て、虚を突かれた思いだった。


「ああ! それ”やろう系”ってやつでしょ? 私も最近”無色転成”っていうの見始めたんだー!」


 思っていた流れと違い、俺は大いに焦っているが、こういうところで反射的に言葉が出てこない自分を大いに呪うしかない。まずい、先ほどから完全において行かれている。


「お、俺は”牢獄飯”とか見てるよ、漫画の方だけど!」


「あーそれ知ってる! めっちゃ流行ってるよねー!」


 なんとか無難なヤツを絞り出した。最初ちょっと噛んだ気がしたけど、佐々木さんの反応的に大丈夫そうで安心する。


 そうやって話が弾む中、丁度全員のグラスが開いたころ、俺達の元に揚げ物が運ばれてきた。

 店員から皿を受け取り、それをテーブルに並べていく。


 梅しそささみ、鳥なんこつ、そして――


 ――”若鳥の唐揚げ”だった。


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