第25話
「私たちはみんな楽器ですからね」
最近ちょっとだけ楽に感じるようになった音楽の授業。特に興味のない先生の話を、右から左に聞き流します。
先生は今でもわたしのことを無視しています。でも前と少し違っていて、5年生のころは鬱陶しいけど触りたくもない埃だったとすれば、今は見えてすらいない空気のよう。去年までは春になると呼び出されて謎の長話を聞かされていたけれど、今年はそんなこともありません。
「みなさん身体を大切にするんですよ。喉以外もね。私たちは繊細な楽器なのだから」
これはこの学校の児童なら誰でも知っている音楽の先生の口ぐせです。人は楽器で声がその音だということ。
じゃあ、わたしの音は?
もちろん、ありません。わたしは声を持たないのだから。音の鳴らない無能な楽器は、この音楽室では空気同然なのです。
しかし、わたしの中にあるちょっぴりの反抗精神が呟きます。
わたしの声、ピアノの音だってことにしたらいけないでしょうか。
声を持たないわたしだけど、その代わりがピアノ。みんなの喉が、わたしの指先。おこがましい話だとは重々承知です。上手くもないただの子供が、ピアノだなんて素晴らしいものを自分の声だと言い張るなんてありえません。
それでも、夕灯さんに出会ってピアノの楽しさに目覚めて、わたしは知ってしまったのです。その大きな体躯と小さな指先が一体化する感覚、紡がれていく音の心地よさ、それを、わたしはあるものと結びつけました。
テレビで熱唱する歌手も、指揮台でお手本を示す先生も、歌う人はみな気持ちよさそうにしています。その快感は、もしかして、ピアノの鍵盤を叩き重なる音を聴くこの感動と同じなのでは?
それなら、わたしの声は――。
考えて、周りに見えないくらいの薄い笑みを浮かべます。昔のわたしなら信じられないことです。
ほら、こんなふうに、音楽の授業が苦しくない。すべてはピアノと、あの風に出会わせてくれた夕灯さんのお陰です。
声の代わりにピアノ。そうだとしたら、わたしという楽器には身に余る音を頂いています。
〝だからわたしがするべきなのは、その音を磨いていくことしかありません。〟
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