Scene 6:ふたりだけの星空

 

 それから一時間くらいが経過して、そろそろ家に帰らないとなぁと感じ始めていた時のことだった。不意に藤代ふじしろくんが何かを思い出したかのようにポンと手を打って声をかけてくる。


「そうだっ! 流山ながれやまさん、このあと少しだけ時間いい?」


「うん、別にいいけど。何かあるの?」


「さっきトイレから戻ってくる時にマスターから聞いたんだけど、町会の小学生たちに配った花火セットが余ってるらしいんだ。いつの間にか雨もすっかり上がってるし、近くの児童公園でやろうよ。ふたりだけの花火大会」


「あっ、いいね。うんっ、一緒にやろう!」


 せっかくのお誘いだし、私としては断る理由なんてなかった。


 まだそんなに時間が遅くなっていないし、ちょっとくらいなら問題ないはず。それにこんな嬉しい出来事、この先の人生で二度と起らないかもしれないし。それなら少しくらい親に叱られても構わない。


 こうして私たちは花火で遊ぶことになり、私は花火セットと着火用ライター、藤代ふじしろくんは水の入った金属製のバケツを持って喫茶店の近くにある児童公園へと移動した。


 昼間は幼い子どもたちで賑やかな公園内も、今は静まり返っている。見上げればそこには宝石を散りばめたような美しい星空。すでに雨は雲もろとも姿がない。


 早速、私たちは花火を始めた。花火の棒の先端に着いた火薬に火を点けると、そこから熱や色とりどりの炎とともにシュシュシュシュと音を立てる。


 花火大会の打ち上げ花火ほど派手さや迫力はないけど、これはこれで綺麗きれいだし見ていて楽しい。それに今は藤代ふじしろくんとふたりきり。ドキドキしないわけがない。


 もしかしたら、このシチュエーションは私にとって結果オーライだったのかも。ゲリラ豪雨や雷がなかったら、ふたりっきりで過ごす瞬間なんて皆無だったはずなんだから。


 いずれにしても、この舞い上がりたくなるような気持ちと暑い熱い夏の思い出を私は決して忘れない。一生の宝物だ。すぐ隣で花火を楽しんでいる彼の横顔を見つめ、私はそう強く思った。


 ただ、楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、とうとう残りは数本の線香花火だけとなってしまう。後ろ髪を引かれる想いを胸に抱きつつ、私はバケツのかたわらにしゃがみ込む。


 そして垂れた前髪を手の甲で掻き上げてから、水を張ったバケツの上で手に持った線香花火に火を点ける。


 チリチリと微かな音を立て、小さな火花を散らす線香花火。そしてしばらくしてそれが燃え尽きた直後、私はふと横でボーッとたたずんだままこちらを見下ろしている藤代ふじしろくんの姿に気付く。


「っ? 藤代ふじしろくん、どうしちゃったの? ボーッとこっちを見ちゃって。線香花火、やらないの?」


「あっ! いや、ちょっと見とれちゃってた」


「えっ?」


「っ!? せ、線香花火だよっ! 線香花火!」


「あ、そっか……。ほら、隣で一緒にやろっ」


「う、うん……」


 すかさず私は彼の手首を握り、隣にしゃがませた。温かくて力強い感触が私の手に伝わってくる。思いがけず私から彼の肌に触れちゃったけど、最後なんだからこれくらいは役得だって思っていいよね?



 最後……なんだから……。



 …………。


 なんだか悲しさとさびしさを感じつつ、今度は私と藤代ふじしろくんがほぼ同じタイミングで線香花火に火を点ける。


 静かに音を立てて燃えるふたつの線香花火。水面には星空が映り、その中で小さな炎が柔らかく輝いている。その様子はまるで星空に打ち上げ花火が上がっているかのようだ。


 空間から一部分だけが切り取られたかのような、ふたりだけの星空――。


「幻想的な輝きだよね、線香花火って。派手さはないけど、私はそういうところが好きだな。味わいもあるし」


「……っ……」


藤代ふじしろくん? またボーッとしてるよ?」


「あ……うん……」


「さっきまではあんなにはしゃいでたのに、今度はすっかり大人しくなっちゃって。本当になんか変だよ?」


「……あのさっ、流山ながれやまさん!」


「ん? 何?」


 そう言いながら顔を向けると、彼はいつになく真剣な顔をして私を真っ直ぐに見つめていた。おのずと私は心臓を射貫かれたようにドキッとしてしまう。心臓の鼓動が勝手に高鳴る。



(つづく……)

 

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