第7話 婚約者
「こ、婚約者……」
「なんだ、忘れていたのか? 最初の定期報告の後で両家の顔合わせをするからと伝えておいただろう?」
父上がそう口にした直後、ようやく俺の脳内に婚約者関連の記憶がよみがえってきた。
それまでまったく思い出せなかったのは、単にソリス・アースロードが婚約に対して興味関心を持っていなかったからか?
――ただ、顔と名前はかろうじて思い出せた。
「……グリンハーツ家のミリア様ですね?」
「そうだ」
ミリア・グリンハーツ。
俺の婚約者として幼い頃から付き合いのある子だ。
伯爵家の御令嬢であり、俺が彼女と結婚すれば貴族と親族関係になる。
これこそが父上の狙いであった。
うちは土地を多く持つ豪農の一族だが、爵位を有する貴族ではない。そのため、長年にわたって国内の食の要と言われ続けながらも政治的な発言力が少なく、特に現当主である父上はそれが不満で仕方がなかった。
そこで目をつけたのがグリンハーツ家との政略結婚である。
アースロード家としては貴族と身内になれるという長年の悲願が達成されるわけだが、向こうのメリットは一体何なのだろう。
かつての自分――ソリス・アースロードは最低最悪の男だ。
あまりにもクズすぎて原作主人公に目をつけられるくらいだからな。
この手の噂は相手側も手にしているはずだが、それでも大事な娘の婚約者に選んだのはなぜだろう……まあ、どうせろくでもない理由なんだろうけど。
結婚相手に選ばれた件について、これといった記憶はない。
つまりヤツにとって結婚とはそれほど思い入れのないものであり、あくまでも成りあがるための手段にすぎないという認識らしい。
「実は数日前に先方から連絡があってな。近いうちにミリア様をおまえの屋敷へ向かわせ、一緒に生活をさせるようだ」
「ミ、ミリア様を?」
それはまた妙な話だな。
婚約者とはいえ、まだ正式に夫婦とは呼べない。
にもかかわらず、もう同居の話が出ているのか。
……いや、俺が疎いだけでそういうしきたりがこの世界では一般的なのかもしれない。
「貴族の御令嬢が結婚を前に相手と共同生活を営むというのは過去に前例がほとんどない稀有なケースだが、どうもミリア様ご自身の強い要望によるものだそうだ」
あっ、そうでもないのね。
やはりこの世界でも珍しい事態なのか。
「おまえもよく分かっているとは思うが、今回の縁談にはアースロード家の未来がかかっている。くれぐれも粗相をして機嫌を損ねるようなことがないようにな」
「……心に強くとどめておきます」
思わぬ形で重大な情報を入手できたな。
伯爵家の御令嬢が婚約者、か。
原作ではそういう描写がなかったからビックリだ。
――そう。
原作だ。
原作小説で俺は主人公に殺される。
あれほどの悪事を十年以上にわたってやってきたのだから当然の報いだとは思うが、あの時にミリア・グリンハーツは一体どこで何をやっていたのだろうか。
原作には彼女に関する描写は一切ないし、そもそもソリスが妻帯者だったっていうのも初耳だ。
もしかしたら、何か伏線を握っているとか?
いずれにせよ、直接本人と会って話をしてみよう。
何せ肝心のソリス・アースロードの記憶には何も残されていないのだから。
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