第16話 危機すら利用するのが恋!

「なぜ目覚めない⁈」


 アーサーはイライラとしながら王宮の医師たちに詰め寄ったが答えはなかった。

 宮廷魔法士たちは、ただの毒ではなく魔法薬だったのではないか、と答えた。

 そこまで分かっているなら早く解毒薬を作れと命じたが、王宮の医師たちも宮廷魔法士たちも、その望みを叶えることはできなかった。


 だからアーサーは隣国の王太子で親友であるセシリオの婚約者、優秀な薬師であるミシェルに依頼したのだ。


「薬を頼めるだろうか?」

「はい、アーサーさま」


 薬師であるミシェルは、ボニータのための毒消し作りにとりかかった。

 不安げなアーサーにセシリオは言った。


「ミシェルは優秀だから大丈夫だ」

「それは分かっているが……心配で」


 ボニータは今、王城にある客室へ寝かされていた。

 病室代わりにされた客室にはメイドはもちろん、王宮の医師や王宮魔法士も出入りしていて騒がしい。

 それなのにボニータが反応する様子はない。

 苦し気な表情のままベッドに横たわっている。

 時折あげる小さなうめき声を聞いて、生きているのだと安心するほど、彼女の反応は薄い。


 アーサーは床に臥せるボニータの側に寄り添った。

 ベッドの傍らに椅子を置いて座った彼は、彼女の細くて小さな手を取った。

 その手は冷たくなったり熱くなったり忙しい。


「体温が……こんなに変わるのでは、体力が持たない」

「ああ、そうだな。急がないといけないが、ミシェルは優秀だ」


 セシリオは親友の傍らに立ち、その肩に手を置いた。


「なぁ、アーサー。気持ちは分かるが、落ち着けよ」

「落ち着いていられるわけがないっ」


 イラッとしたアーサーは怒鳴るように言って、瞬時に反省する。


(あぁ、うるさくしたらボニータの体によくない)


 アーサーはボニータの顔を覗き込みながら、愛しい存在を確かめるように自分の手の中にある彼女の手の甲をさすった。


(だからって落ち着けるわけがない。ボニータ、早く目を覚まして)


 祈るような気持ちで、細い指を撫でる。

 だが反応はない。

 アーサーは眉間にしわを寄せながら、その眉尻を情けなく下げた。


 セシリオはアーサーの肩をポンポンと叩きながら言った。


「君まで倒れたら大変だ。もっと力を抜いて、周りを信じろ。魔女のことはミシェルに任させておけば大丈夫だ。お前はもっと自分を労われ」

「ん……」


 親友の言うことの理屈は分かる。

 だが、目の前で苦しむ愛しい人の姿があるのだ。

 アーサーは自分を責める気にはなっても、労わる気分にはなれなかった。


「そして今後のことを考えろよ」

「え?」


 跳ね上げるように顔を上げたアーサーの目を見てセシリオはニヤリと笑う。


「ボニータだっけ? 彼女の力は大したもんだ。でも、このままだと助かっても森に帰ってしまうだけだろう?」

「うっ」


 痛いところを突かれてアーサーはうめいた。


「彼女を助けて、恩を売って、彼女の心を手に入れろよ」

「ふぁ?」


 柄にもなく間抜けな声が出たアーサーに、セシリオは畳みかけるように言う。


「好きな女を助けるのは当たり前のことだけど。それに乗じて口説き落とすのもまた当たり前のことだぞ」

「おいおい、セシリオ何を言っているんだ」


 妙なことを言い出した親友に、アーサーは困惑の声を上げた。


「ちょっとそれって、卑怯じゃないか?」

「なに言ってんだよ。恋してるんだろう? 手段になんて構ってる暇、あるか?」


 セシリオは悪い顔で笑みを浮かべている。

 どうやら本気で言っているようだ。


「魔女を助けて、彼女の心を手に入れて。国王陛下や国民に、魔女を王妃として迎えることを認めさせたらいい」


 確かにセシリオの言うことにも一理ある。

 国王である父が倒れ、国内の異常事態には宰相が陣頭指揮をとって対処している。

 宮廷魔法士たちも借り出して対応しているようだが、あくまで一時的なものだ。

 結界を戻さねば到底どうにもできないのは分かり切っている。

 確かに国への交渉は今なら楽にできるだろう。

 

(そうなると一番の問題は、ボニータが私の求愛に応えてくれるかどうか、だ。森へ迎えに行った時のことを考えると、かなり難しい……)


 その時のことを思い返すと心臓のあたりがキュッとなる。

 取り戻せない過去のことなど後悔しても始まらないが、どうしても思ってしまう。

 あの時、どうやっても彼女を手に入れておけばよかったと。


「本気で口説き落としたいなら、いい子ちゃんでいようとするのは止めとけ。女性に受けない」

「そうなのか⁈」

「女性はな、自分の為にどれだけ泥をかぶってくれる男なのか、しっかり見てるもんだ。腹黒く行くのと、愛する女性を手に入れることは両立できる。清廉潔白であることが正攻法ってわけじゃないんだよ」


(確かに。言われてみればそうだ。十年前のあの時。説得されて素直に引き下がったのが問題の始まりだ)


 アーサーとボニータが魔法契約を結んでおけば、こんなことにはならなかったのだ。

 彼女を側で支えて幸せにしてあげたかった気持ちを押し通しておけば。

 我儘に思えた交渉に本気で臨んでおけば、こんな混乱状態に陥ることもなかったはずだ。


「何が正解か、なんてこと人間ごときには分からない。時には、自分の気持ちを押し通すことも大切だし、その為の策略を練ることも必要さ」


 セシリオは何かを思い出すようにニヤニヤしながら言った。

 隣国での貴族の地位は絶対だ。

 平民のミシェルと王太子であるセシリオでは、身分が全く釣り合わない。


「内緒だけど、ミシェルはね。少しだけ魔法が使えるんだ」


 悪戯な表情を浮かべたセシリオは、そう言うと右目をウインクさせた。

 彼の国では魔女の立場はとても低い。

 ミシェルとの婚約をとりつけるために、彼はどんな魔法を使ったのだろうか。


 アーサーはセシリオの提案へ乗ることにした。

 父である国王をはじめ国の者たちにボニータとの結婚を認めさせるのだ。

 どうしても無理だというのなら、王太子の座を降りてもいい。

 アーサーの腹は決まった。


 そこにミシェルが紫色の液体が入った小瓶を携えてやってきた。

 

「薬ができました、アーサーさま」

「薬をボニータへ!」


 受け取った小瓶に入った液体をボニータへ与えるために王宮の医師たちがテキパキと動くのを、アーサーは黙って見守っていた。


「薬が効いてきたら、ボニータさんに話しかけてください。意識が戻りやすくなるはずです」

「わかった」


 ミシェルの言葉にアーサーはうなずいた。


 そして考える。

 彼女の心を手に入れるにはどうしたらよいのかを。

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