第7話 我が家は楽しい!
「久しぶりの調合楽しぃ~」
ボニータはルンルンと軽く飛び跳ねながら、火にかけた鍋をかき回していた。
彼女の動きに合わせて2つにくくった紫色の髪がピョコンピョコンと跳ねる。
今日の彼女は濃い紫のフード付きローブにブーツという恰好だ。
身軽な服装に心も軽く、超ご機嫌なのである。
リスにウサギ、アカネズミ。
彼女の足元では森から集まってきた小動物たちが、ボニータと一緒になってはしゃいでいた。
オオルリ、コルリ、シジュウカラ。
小鳥たちは窓に留まって、ボニータがしていることを覗いていた。
懐かしの我が家にボニータが戻ってきて一週間が経つ。
最初の三日は寝て過ごし、四日目からは少しずつ森を見て回った。
昨日は王都で目にしない薬草を見つけてしまい、どうしても魔法薬が作りたくなってしまったのだ。
「臭いからって王宮では作らせてもらえなかったからなぁ~」
王宮に住んでいた頃にボニータは、魔法を封じられていても薬を作るくらいはできるだろう、と聞いてみたことがある。
薬なら役立つし、ボニータは楽しいし、ウインウインだと思ったのだ。
しかし答えは「臭いから禁止」という冷たいものだった。
魔法は使えない、薬の調合もできない。
その上、言葉遣いや所作の指導に座学だ。
王宮での生活で、ボニータにとって楽しかった思い出はなにひとつない。
(アーサーの姿だって、一度も見なかったし)
ボニータだって気付いていた。
周りが慎重にタイミングをうかがい、アーサーと鉢合わせすることがないようにしていたことを。
それだけ自分の存在が、彼にとって不都合だということだ。
アーサーがどう考えていたのかは関係ない。
やりたいこともできず、親身になってくれる者もいない王宮で、ボニータは勝手に傷ついていた。
(今考えたらバカみたいなことだけど……)
当時のボニータにとっては、とても重要なことだった。
だが森の家に帰ってきてゆっくり過ごしたおかげで、昔の感覚が戻りつつある。
あんな人たちに振り回されるなんて、時間の無駄だしバカげている。
十年という歳月を失ったけれど、そのせいでこれからの時間を台無しにしたくない。
バカバカしい騒ぎに巻き込まれてしまったが、もう忘れてしまおう。
そう決めたのだ。
もう振り回されたくない。
(私は女性としての幸せよりも、魔女としての幸せを求めるっ)
そう決めた。
だから、ここに戻ってきた。
「これが出来れば、森での収穫は楽勝!」
いま作っているのは、腹痛に効く薬だ。
なぜ森での収穫が楽勝になるかというと、この薬は魔法を加えると毒消しの効果のある魔法薬になるだ。
森で採取できる物のなかには毒のあるものがある。
その見分けがので、昔はよく作っていた。
「師匠によく作ってもらってたなぁ。小さな頃は森での採取で、食べられる物と食べられない物をよく間違えてお腹痛くしてたから……」
懐かしい姿が脳裏に浮かぶ。
先代の森の魔女は、スラリとしていて女性的な魅力も備えた賢い人だった。
厳しい師匠であったが、今なら分る。
アレはボニータのことを思っての厳しさであったと。
思わぬ事故で早くに亡くなってしまった師匠のことを恋しく思わない日はなかった。
「もっと色々と教えてもらいたかったし……もっと色々としてあげたかったな」
ぽつりとつぶやく。
懐かしい場所で恋しい人を想いながら鍋を混ぜていると、なかの色が急に変わるタイミングで森の音が一瞬騒がしくなった。
その後、シンと静まり返った。
(おかしい。鳥の声すらしないなんて、静かすぎる)
鍋をかき混ぜる手を止めて、ボニータは耳を澄ませた。
静かすぎる森は、注意が必要なのだ。
(大型の獣か……もしくは、人?)
ボニータは鍋の火を消すと、身を固くして襲撃に備えた。
しかし、シンと静まり返った家の中に響いてきたのは意外な声だった。
「ボニータ! 私だ! アーサーだ!」
「はっ?」
外から響いてきたのは、ボニータの古傷を作った張本人の声だ。
(なぜ? なに? どうして?)
そう思いながらも、ボニータは窓へと駆け寄った。
「ボニータ! 魔法の結界を解いて、私を家の中にいれておくれ。話をしよう」
窓の向こうには、お日様の光のような金髪をなびかせたアーサーが立っていた。
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