美しき人生
ポンコツ二世
第1話
この本を開いてくれた読者のみんなにはとても感謝している。別にお世辞で言っているわけではないさ。本当のことを言っている。おっと、本を閉じないで。作者が言うにはこれは彼のあこがれていたSFの第一号となる予定の作品だ。作者は自分なりに考えて読者である君と主人公である僕を一緒に冒険させるということにしたんだ。僕という名の主人公を作ってね。それじゃ、本編の始まり。
第一章
いま世界では戦争の影が迫ってきています。そうなれば、あなた方のような一般国民の人生は過去のものとなってしまします。しかし、安心してください。我々、国防総省が新たに開発した「家庭用防空施設」はどのような攻撃にも耐えられるだけの耐久性を有しています。たとえ真上に大陸間弾道ミサイルが飛んできても大丈夫!この商品はあなたとあなたの家族の人生を守ってくれますよ。われらの党が守ってくださる美しき人生に乾杯!
辺りは静かだった。防空壕施設の中の換気扇のブーンという音がこの静けさをさらに際立たせた。いや、それだけではない。周りの人たちの息遣いもだ。口からは二酸化炭素も吐き出されているから、そこは暑くて息苦しいったらありゃしない。換気扇は間に合っていないようだな。
今、読者である君と僕は公共用防空壕施設の中にいる。辺りは暗くて、あまりにも近くのものじゃないと何も見えない。それに加えてこの環境。しかも、それだけじゃないぜ。ここには監視カメラが設置されているんだ。その監視カメラはすべて国家保安警察につながっている。もし、何か文句を言おうというとしたら黒い制服を着た警官たちがドアを打ち破ってやってくるんだ。だけど、それは気づいたとしても言ってはいけないよ。自分は監視されていないし、党議長が作られた堅牢な要塞に守れているという姿勢をつらなくてはいけない。
別に監視カメラに気づくこと自体は憲法違反じゃない。だけど、その真実を言うことは偉大なる共産主義国家にはふさわしくないとさ。
ああ、広告に載っているような家庭用防空壕施設を買えたらなあ。あそこには冷暖房設備も、上等な換気扇も冷蔵庫もキッチンも寝室もあるというのに。あれは政府高官や軍の将軍たちのようなおいぼれの勲章をべったり付けた人種用なのさ。平等を何よりの基本理念とする共産主義なのに変なの!
すると、奥のほうから声が聞こえてきた。どこか怒鳴るような声だ。それはこの密閉された空間ではその声はさらに大きく聞こえた。「そろそろ時間だ。この防空壕施設から出ていてよろしい。」兵士の声だ。
さあ、僕たちも出よう。何しろ1時間以上も防空壕施設にいたのだからね。いや、それ以上なのかもしれない。あそこの時間感覚は外のものとは少し違うみたいだし。
さあ、外だ。太陽がまぶしいな。でも、どこか僕たちのことを慰めているようだ。
と、そのことは置いといて、僕の自己紹介をしておこう。僕の名前はラッキー・コルレオーネ。二十六歳。この物語の語り手で、君に僕の祖国のことを説明する係だ。職業は不適物押収士。これはこの共産主義国家にとって、ふさわしくないものを押収し、火炎放射器で燃やすことを生業とする職業。例えば、本とか教会の絵画や像とか。党の下部組織として扱われるんだ。だけど、最近はほとんど仕事はない。もう、すべて燃やし尽くしっちゃったからね。この国ではみんな何かしらの党の下部組織に入っている。それを僕みたいに本業にする人や、副業にする人もいる。みんながみんな党に忠誠を誓わされているんだ。
さてと今から君に僕の家を紹介しよう。もうこの近くなんだ。
すると、空のほうからゴォーという音がした。
空にはジェット爆撃機が二機北西のほうに飛んでいる。この国ではハトやカラスを見るよりもジェット爆撃機が空を飛んでいる。北西に飛んでいるということは敵国の連邦王国に爆撃しに行くのかな。言い忘れていたけど、今は戦時中なんだ。僕たちの国はさっき言った北西の連邦王国とはるか東にある国と戦争状態にある。さらには遠くにも敵はたくさんいるんだ。もしかしたら君の国もそうなのかもしれない。まあ、いいや。君は少なくともスパイじゃなさそうだし、悪い奴でもなさそうだ。
「やあ、ラッキー。元気かい。その隣にいる人は?」頭がはげた六十歳ぐらいの男の人が話しかけてきた。
「やあ、こんにちは。ローベルトさん。この人は僕の友達さ。今から僕の家へと案内しようと思っているんだ。」僕は言った。
「そうか、そうか。」そう笑っていたけど、ローベルトさんは君の顔を見つめて不審な顔した。「見た感じ、ここら辺の人間じゃなそうだ。いや、それに顔立ちからもこの国の人間には見えない。ラッキー本当にこの人は誰だい?」
「だから、僕の友達さ。確かにこの国の人じゃないけど。だけど、ローベルトさんも知っているだろ。政府は敵国の人間じゃない人たちには制限付きだけど、鎖国政策を撤廃させるって。」そして僕はこう言葉継いだ。「この人はさっきの空襲の時に防空壕の中で知り合ったんだ。本当だよ。」
「わかった。君がそこまで言うんだったら本当なんだろうな。ラッキーのお友達さん。ここはとても美しい国だからぜひとも好きなだけ歩き回ってくれ。」ローベルトさんはそう言った。だけど、その声もその表情もまだ疑いの表情が消えていなかった。
僕たちはローベルトさんのところを歩き去った。
あの人はローベルト・グスタフさん。僕と同じ不適物押収士でもう二十年は勤めている。もともとは陸軍に所属していたんだけど足を負傷して引退したんだって。そして、熱心な党支持者。この町では、党活動に熱心で、よく講演会とかを開くんだ。だから、この町ではものすごく有名。この町に生まれた子供なら党の指導者たちや軍の将軍よりも先にローベルトさんの名前を知るんじゃないかな。
読者である君は頭の中で想像してほしいんだけど、今君は僕の家の前にいる。白い家で、二階建て、屋根は三角形で茶色。二階の窓には小さなベランダがついている。この町ではこのような形の家しかない。ていうか、この国の庶民はみんなこの家に住んでいる。別に革命憲法でみんなは同じ形の家に住まなければいけないという条項はないんだけど、「偉大なる党の指導者」はこのような形の家が大好きなようで、この形以外の家は作りたがらないんだ。でも、お偉方はこのような家には住みたがらない。彼らはもっと北にある高級住宅街に住んでいる。だけど、そこには僕たちは住んではいけないし、そもそも入ってはいけない。とにかくそこは僕たちとは違う世界。そこに好奇心を求めたら死刑の判が押されるだけだ。
さあ、ようこそ。僕の小さな王国へ。
「おい、そいつは誰だ。」髪の毛を真ん中に分けた少し若い男の声が聞こえた。いや、顔には少ししわが刻み込まれている。
そうだ、言い忘れていた・・。確かに僕の王国ではあるけど、僕「だけ」の王国ではなかった。
「私の質問に答えたまえ。そいつは誰だ。」
こいつの名前はハジメ・カサイ。一年前ぐらいにやってきた無一文の作家だ。寄る辺がなくてここに住み着いたんだ。今じゃ、すっかり家主気分だ。居候の分際なのにだ。そういえば、ハジメって名前もこの国らしい響きじゃない。もしかして、君と同じ国の人かい?だけど、そうだとしたらその国の国民性はだいぶ図々しいものだ。少なくとも君とハジメが同じ国の人かどうかはだいぶ疑う余地がある。本当に作家なのかも怪しいところだ。彼が小説を書いているところなんて見たことがない。ただ、この国の文句を小声で言うか、何かよくわからない論理を繰り返したり、知識をを披露する。もしかしたら、彼は秘密警察かもしれないと思ったこともあった。だけど、この疑念もすぐなくなった。秘密警察だったらこの国の文句を言わないだろうし、さらには知識が多すぎる。
「この人はさっきの空襲の時に防空壕の中で出会った人だよ。どうやら、どこにも行く当てがなさそうだったからね。ビザが切れるまでは泊まらせてあげようと思うんだ。」僕はそう説明した。
するとハジメはローベルトさんみたいに不審な顔をした。でも、それはローベルトさんが不審に思ったこととは別のことを思っているようだった。つまり、あまり見かけない外見の人間を見ることとは。
「この国にホームステイする気か?正気か?この国がどういう国なのかは空港でわかったはずだ。軍と監視カメラ、秘密警察がそこらへんにうようよいる。数えてみなよ。ありの数より多いから。」ハジメは不審というより警戒するような目で君を見てさらにこう言った。「この国の名物を教えてやる。党指導者様の演説だ。そろそろだな。毎日、党指導者様がテレビの前に現れて演説されるんだ。そしてそれは義務だ。毎日、あのおいぼれの話を姿勢よく座って見なきゃいけないんだ。まったく、実に頭にくる。毎日毎日、私はテレビの中に入り込んであのおいぼれを殴り殺すことを妄想する毎日だ。もう何回殺したかも覚えていない。」ハジメは言った。そしてこう付け足した。「くそったれめ。」
すると、音楽が流れた。バイオリンを奏でる音が聞こえるがそこには少し雑音が混じっている。きっと、建国当初からの使いまわしだろう。僕はテレビの画面を付けた。 この時が来た。
テレビには口ひげたっぷりでふさふさの白髪をオールバックした白い軍服を着た七十歳ぐらいの男が現れた。党指導者であるアル・マッカーシーだ。
「親愛なる国民諸君。今日、我が国は敵国による卑劣なる攻撃を受けた。今、国防総省が攻撃を行った国の特定を行っている。そして、判明し次第報復攻撃を行う。」そして、下にある原稿用紙を見て、再び顔を上げた。「いかなる些細な攻撃であったとしても我が国に対する攻撃は決して許してはならない。我が国は全兵力を攻撃国に向かわせ徹底的なる破壊を行うだろう。」ここでマッカーシー党指導者は演説の効用を狙いここで一拍入れた。「我が国はゆるぎない国民と党の同盟により平和の砦となる。この砦はどのような敵が立ちはだかろうが壊れることは不可能であろう。今から五十年前。我が国はどの世界地図を探そうがどこにもなかった。我が国は凶悪なる全体主義国家により支配されていた。この時代には諸君の先人は野蛮人により殺され、奴隷にされ、文明から隔絶された毎日を送っていた。しかし、偉大なる建国者であるラインハルト・ハインツリヒが立ち上げた共産主義同盟が結成された。今でも私は覚えている。赤旗を掲げた兵士たち、馬たちに乗り野蛮人の陣営に突撃した者たち。私は目に焼き付けた。そして、我が国の母体となる共産・・。」
マッカーシー党指導者の「歴史解説」は十分続いた。いや、それ以上だったかもしれない。防空壕といい党指導者の演説といいこれほどまでに時間をある意味で忘れさせるものはないと思っている。読者である君も学校の先生の話や、親に𠮟られている時に同じ感覚に襲われないだろうか?ちょうど、そんな感覚なんだ。唯一の違いは警察に監視されているか、していないか。
マッカーシー党指導者の映っているときのテレビは内部にある特殊カメラ回路が起動して僕たちの様子が直接国家保安警察本部に届くようになっている。もし、僕たちがマッカーシー党指導者の演説中にどこかに行ってしまうと銃を持った警察が逮捕してくる。もし、テレビを壊してしまったらだって?論外論外。警察が僕たちを監視できなくなって家に突入してくる。どちらにしてもゲームオーバーさ。結局、僕たちは無力なんだし、おとなしく話を聞くしかないんだ。
すると、ハジメが自分のズボンのポケットにいきなり手を突っ込んだ。何やら手をもぞもぞさせている、しかし、視線の先はマッカーシー党指導者の映っているテレビを見つめていた。
僕はこの居候が何をしだすか直感で察した。
「やめろ!」僕は叫んだ。
でももうその時には後の祭りだった。ハジメは銃を取り出しテレビに向かい発砲した。
テレビはこの粉々になり、映像は消えた。
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