第7話 訪問者A メイプル End

 スディーンって誰だと聞く前に、荷物が届くという言葉でケマルは思い出した。例の本の入った小包の送り主の名前がそれだった。


「なんでこの店に送ってくるんだ、そんなに本が余ってるのか?」


 ケマルの口から本と言う単語が出てきたとで、荷物の中身を知っているのだと女は確信した。


「どうやら中身は確認したみたいね、どこに売った?」

「売ってない、そこにある」


 女は顔を顰める。


「なんでないなんて嘘をついた」

「嘘はついてない、あの時はまだ確かめてなかっただけだ。婆さんがキレて帰ったからな、もしかしたらと思って開けた」


 わざと目の前の相手を指して言わずに老婆がキレたのだと言っても、女には糠に釘。


「あるならいい、次は本ではないだろうな、あの人たちは魔法使いでもあるけど、世界中をめぐるトレジャーハンターでもある」


 驚愕するのはケマルだ。


「なんで本でもないものを送ってくるんだ!?」


 買取をしているものを送ってくることは百歩譲って理解できても、それ以外の物などケマルの理解が及ばない。


「拠点を探していたからね」


 理由にならない理由でケマルはさらに女に詰め寄った。


「だから! なんでウチなんだって聞いてんだよっ」

「知らないよ。あたしが話す前からこの店のことを知ってたみたいだしな。だが気にいってるのは間違いない。そもそもあたしはこの店は早く畳むべきだと今でも思っている」

「畳まないし、変なものもそうそう来ない! だから出てけって!」


 けれど今日の味方は明日の敵だった。昨日どころかほんのさっきまでの味方が。


「旦那、それくらいならいいと思いやすよ」


 ケマルはショートンの言葉に本当に驚いた。そしてフミまで。


「私もそう思う」

「は? 何言ってんだ」


 さっきまで敵認識してただろうと目で訴えても、二人もまた真面目に言っている様子だ。


「この店は確かにいろんなものが寄ってくるのよ、だから保険としてこんなのでもいた方がいいわ」


 フミはケマルと話す時だけ、少女の様になる。実際見た目は少女だから問題ないのだが、それならなぜ他のと話す時はその猫を被らないのか不思議なケマルだったが、今はそれを問う時ではない。

 大体寄ってくるのはケマルの宿命なような部分だ、だから一人で経営しているし、ツジーという味方もいてくれる。

 注意を払っているのだから、問題ないとケマルは思っている。


「心配される必要はないんだけどな」

「あたしの名前はメイプルよ」


 唐突に名乗りだした女に、訝し気な目を向けると例の本をしまった箱を覗いていた。


「なんだよ、急に」

「あなた、ちゃんとしてるのね。この本、封印されてる」


 知らぬ間にツジーがしてくれていたらしい。


「だから心配いらないって言ってるだろ」

「困ったことにあたしでも解けない、あなた誰に見せたの?」

「そんなこと簡単に教えるかよ」


 秘密にする必要もないが、ケマルはこの面倒くさい女がツジーに迷惑を掛けることを心配して言わなかった。


「ふーん、まあいいわ。だったらやっぱりここにいることにする」

「なんでだよ」


 やけにあっさり引き下がるくせに、肝心なところで譲らない。


「あんたの商売の邪魔はしないよ、そこの隅っこに届いた荷物を置いておいてくれたら、あたしが捌くから」


 そう言ってメイプルと名乗った女は勝手に帰っていった。ケマルはもちろんいろいろ言って、もう二度と来させないようにしたかったが、馬耳東風。

 空しく扉は閉まった。

 静寂の間ができ、ケマルは途方に暮れた様に窓の外に目をやった。

 本が焼けないように、小さ目の窓はすりガラスで景色を観ることはできないが、夕暮れ間近の色味だけは読み取れた。


「今日はもう店閉めるか……」


 これほど売り上げのない日も珍しかったが、流石のケマルも今日働き続ける気力はなかった。

 ショートンがケマルの呟きを聞いて、外の看板を閉店に変えてきた。

 もうその従業員っぷりに突っ込むこともなく、店の掃除と片づけを手分けしてやっている時にケマルは思い出した。


「しまった……、皿買ってくるの忘れた」


 招かれざるものを拒むために置いたはずの物は効果をまったく発揮しなかったが、それを片付ける気にもならず、それをまた数日後に後悔することになるのだがそれを分かるはずもなく。むしろそれのせいで招いてしまうことになったのだが後悔先に立たずだ。

 その日片付けなかった盛り塩はそれからもショートンが毎日せっせと新しい塩に取り換えるせいで、無駄に塩の消費量が増えた。それをメイプルがどう知らせたのか、スディーン夫妻から大きな岩塩が届くようになる。それがまたケマルにとってはかなり無駄に余程価値のある岩塩だったらしく、分けてほしいという者が現れ・・・・・・。それが始まりだ。


 魔法屋と呼ばれるようになる切っ掛けは塩。


 スディーン夫妻は知る人ぞ知る人物だったらしく、ケマルの店に行くとコンタクトがとれるかもという噂まで塩と一緒に流れてしまい、幻想屋は徐々に魔法屋と勝手に呼ばれるようになっていく。


 始めは塩から。次はケマルが長雨で少しだけ体調を崩し喉を傷めたことで何かの蜜が大量に送られてきて、その次は手荒れ用の軟膏の作り方とその材料。その次は丈夫で清潔な衣服や布地。そうやって、一応ケマルのためを思って次々といろいろと送られてきた。

 ただいちいち量が多いことと、本当にいちいちケマルには価値の分からない貴重なものだからこそ、分けてほしいとやってくる者が後を絶たなくなった。


 そういう者はメイプルが相手にするのでケマルに面倒はなかったが、本屋の奥の倉庫にいちいち通すのが鬱陶しくなったので、カウンターとカーテンの位置を少し奥にずらし、わずかにスペースを作った。


 本心ではそんなもの作りたくはなかったケマルだが、勝手にどんどん届くものに場所を取られ始め、送り返そうにも所在地はどんどん変わっていくために、それもできずで、売りさばいて減るのなら背に腹は代えられなかった。売り払ってしまうことも夫妻は賛成してくれているらしい。らしいというのはケマルには二人に直接伝える術がないからだ。

 夫妻は一応本屋だというのも理解してくれているようで珍しい物語の本もたまには送ってくれていたが、どうやらそんなものが流通している場所に立ち寄るのは稀なようで、やってくるのはほぼケマルの体や生活を心配しているようなものばかり。


 商売したいがためのダシに使われてるのではないかと疑ってはいるが、効果が確実で良いものばかりでケマルが助かっている部分があるのも間違いがないことで、強く出られないでいる。


 後日古道具屋で揃いのデザインで安い小皿達を見つけ出し、それが自分の好みだったことだけが、その後のケマルの唯一の救いになったのだった。


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