第1話 訪問者A メイプル 1

 そこは城下街で有名な『魔法屋』。

 建物の外見はやや古めかしく煤けた様な白ですらりと長い三階建て。その前に立て看板が一つ。それが営業中の印だ。一階は店舗だと主張する大きめのウインドウが目立ち、その脇に小窓のついた木製の扉。二階以降は格子のある窓が三つずつ等間隔に並んでいる。

 ウインドウには数冊の本とシンプルなポップが飾られている。けれどそこから店内を除くことはできない。

 そして扉の上の小さな看板に〈書店 幻想屋〉と掲げられている。


「店に来る客はどんな奴でも大歓迎だ。人間でも化けた狐でも狸でも、エルフだろうがフェアリーだろうが、アンデッドだろうか、妖怪でも悪魔でも天使でも」


 それが若き店主・ケマルの商売での信条だ。


 洗いざらしの髪を手櫛で直したぼさっとした髪型ながら、清潔な白いシャツにエプロンをしているケマルは、常にそのことを声高に言ってるわけではないが、実際様々な人がやってきている。多くはお客としてなのだが、たまにそうじゃないのもやってくる。

 ケマルがこの場所に店を構えてからまだそれほど長くは経っていない。それなのに本の売り上げ以外の悩みが次々とやってきて、それも〈書店 幻想屋〉としてのアイデンティティーを揺るがすような悩みをずっと抱えてきていた。


 開店当初から客足も上々で、さすがに大金持ちには程遠いがケマル一人が質素に暮らしていくのには問題ないくらいには稼げていた。だから魔法屋なんて呼ばれる商売をする必要は全くない。

 それなのに……十分に満足な暮らしだったのに……それがどうしてこうなった。そうケマルが思うようになったのは、それは『魔法屋』と呼ばれるまだまだ前のこと。


 すべての始まりは店を開いてまだ二年経っていない頃だった。


「いらっしゃいませー」


 成人して数年で自分の店を持ったケマルは店内で品出しをしていた。ドアベルが鳴ったので振り向くと、絵にかいたような真っ黒なローブにそのフードを被った、昔の物語の中に登場するような、いかにも魔女な老婆が店に入ってきた。

 ケマルは特別に気に留めることもなく、いつも通り尋ねられるまで積極的に客に寄って行きはせずに店内の本棚を確認しながら、品出しがてら何かフェアでも始めようかと特集を組めそうな本を物色していた。

 するとそれほど広くない店内を一周した魔女風の老婆が話しかけてきた。


「ないとは思うが、こういう本を探しとるんだ」


 見た目通りのしわがれた声で見せられた紙切れには三冊のタイトルが書かれていた。


「上の一冊はちょっとウチにもないですね、他の二冊は裏にありますから。すぐ出してきますよ」


 老婆の驚いた顔をちらっとだけみたケマルはそれを不思議に思いながらも、レジカウンター後ろのカーテンから奥に入った。

 そこにはせっせと本の整理をしている姿があった。


「まだいるのかよー、もう大丈夫だからな」


 働いていることには間違いないのだが、それは店員ではない。


 この一週間前に諸事情で一気に納品された本の整理を常連のお客に手伝ってもらってからというもの毎日朝から晩まで来ているその客・ショートンがせっせと本を分類していた。


 ショートンはパピヨンのような犬顔をしたゴブリンだった。本人はゴブリンを強く否定していて、容姿も子供のような身長で大きな口に小さな犬歯が見えて、ふさふさな体毛に尖った耳と大きな瞳がやはり犬のように見える。コボルトかと問うと、自分はブラウニーだと言い返された。

 なぜそんな言い返しなのかと言えば、ゴブリンと言えば醜い容姿が有名だから少し愛嬌のある顔でゴブリンと言われるのは気分が悪いらしく、ましてやコボルトはとある地方ではゴブリンの眷属とも言われ、ゴブリンより弱いとされているから言われたくもなく、さらに人間に幸福をもたらすと言われている同じく小柄でケムクシャラな妖精ブラウニーに憧れてそんな風に言うのだ。

 別の地方ではコボルトの方が優れていると称されていると言っても、何か加護がありそうなものの方が価値があるとショートンの中の優先順位があった。

 それくらい本人にとってはその種族の違いはかなり大きなものらしい。


 そんな話もするくらいの常連は他にもちらほら、店を開いて一年過ぎたころからでき始めいるのだが、ショートンはその中でもやたらと熱心な店のファンだった。

 だから店の手伝いも買って出てくれて、その日が終わってもその本の整理に毎日やって来てはいたが、強いこだわりがあるタイプだからこそショートンは手を出したらとことんしなければ気が済まない質なんだなとケマルは大して気にもせずに、この時も横からあっという間に目当ての本を手に取り店頭に戻る。


「こちらでお間違えないですか?」


 老婆はそれを手に取ると、じっくりと中を確認し始める。

 その慎重にページをめくる様子から時間がかかるとみたケマルは手近な椅子をすすめて、邪魔にならないように自分の作業に戻った。


 〈書店 幻想屋〉はある商店街の中にあって、隣近所の商店と比べて特徴らしいものはない。

 この城下は街の中心を貫く長い大通りを外門に向かってずっと進み、端の一本外れた青葉通りと名の付く商店街に店表が面している。大通りは石畳で舗装されていて二頭馬車が余裕ですれ違っていき人の往来も多いが、幻想屋のある青葉通りも馬車一台くらいなら平気で通行できるくらいのところだ。だから人口が多いこの街では大通りを外れたくらいのことは商売には関係なく、青葉通りも絶えず人が歩き、周りも商店ばかりだ。飲食店はもちろん、道具屋、武器屋、防具屋、鍛冶屋、服屋に、靴屋に、とにかくいろんな種類の店が複数存在し、凌ぎあって活気に満ち溢れている。

 さらに冒険者のためのギルドや、商工会議所、役所もそれぞれ支所ではあるが、その通りの中に存在感をもって建っている。


 大通りの始まりは城の大門であり、その大門の周辺に各々の本部はある。逆に青葉通りは城下の端の外門に近いため支店があり、城下外、つまり外壁の外からやって来た村人や冒険者などに対応していた。

 城下街の外壁は人が飛びあがったくらいでは全く中がのぞけないどころか、素晴らしいジャンプ力を持つ種が相手でも飛び越えることはできないほどの高さがあり、有事に備えた頑丈で威圧感のある壁だ。とは言っても、その壁に設けられた門は日中は開け放たれており出入りは基本的に自由だ。夜間と緊急時は門が閉じられて通行に確認が必要となるが、外で暮らす者たちはそれをちゃんと知っているので用があれば平和な昼間やってくる。


 その立地のおかげで青葉通りは城下の住人も、外の住人たちもよく利用する商店街だった。

 その青葉通りの商店街でケマルが営む幻想屋の建物は古めかしいビルのようで、薄く汚れた漆喰の壁、木製のドアには営業を知らせる小さな板が吊るしてあり、そのドアの上に『書店 幻想屋』の看板がささやかな主張で掲げられている。そして入口の傍にスタンド式の黒板に新入荷の情報や、プッシュ商品の紹介が手書きでされている。他の店も似た様に吊るし看板を出したり、飲食店ではテラス席を設けたりしているので、外観も内装も至って普通で周りから浮くこともなくやっていた。むしろ少し地味なくらいだ。


 ただ店に置かれている本は逆に特徴的で、創作された物語だけを集めた本屋だった。昔語りのおとぎ話もあれば、最新のラブストーリーやホラーなどと、フィクションの小説や物語であるならばジャンルも新旧も問わず置いていた。基本古本のことが多かったが、新刊の取り扱いもある。シリーズ物や作家のファンなんか最新刊を楽しみにしている客もいるからだ。


 青葉通りはもちろん、城下には多く本屋もあり、それぞれ取り扱い内容もいろいろだ。紙は少し貴重なこともあって新刊は値が張るため、金持ち相手の新刊ばかりか、さらにその上の装丁に凝ったインテリアにもなるようなものだけを扱うところや、逆に古本を安く売るところ、両方を満遍なく取りそろえるところ、魔導書など特殊な本だけの専門店。


 そんな様々な書店がある中でケマルは、物語が好きならばどんな奴だろうと来たならば心行くまで見ていって欲しいと思って店を開いた。実際街にはいろいろな種族が溢れていた。

 現在の王は一応人間であったが、お妃はドラゴンとサラマンダーのハーフで、気性の粗さが有名だ。

 いつの時代からそんな風に混ざって暮らすようになったのか分からないくらいの大昔の大昔は棲み分けられていたと、朽ちそうな古文書に記されている。


 それほど昔から多くの種が混ざって暮らしてきていても、些細な差別は存在し、強者弱者が確かにあった。

 それは同種族で番うことが多いせいかもしれない。血が引かれあうのか、生活習慣の差か、自分の容姿と似た者たちが子をなしていく。けれども異種間の結婚も確かにあって、それによってさらに大きな力を得るものをいれば、その逆のもいる。

 だから一見穏やかな街の中には、弱いものを見下す者や意地悪をする者が少なからずいる。商売人でもだ。もともと種族の性質上そりが合わないというケースも含め、特定の種の者だけお断りなんて店もある。


 ケマルは人間であるが、先祖に人間以外の血が混ざっているらしい。けれどその血による恩恵はなにもなく、ただの人間だ。もしかしたら長寿なんてことはあるのかもしれないが、それは生きてみなければ分からないことだった。

 そんなあやふやな自分の血だったから、ケマルはどんな相手でも物語が好きであるならば関係ないと考える人間になっていた。


 すべては物語を手に取ってもらいたい一心で、自らそんな店を開いた。


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