第6話【人の想い】

僕と山田君を連れてアルンさんは、駐車場まで誘導してくれた。駐車場から車を出してくれるということで、ゲートの警備員さんが云っていましたね。しばらくすると警備員さんが車を僕たち三人の前で駐車をしてくれた。


僕と山田君はアルンさんの運転でシンガポールのきらびやかな現代の繁華街を抜けて郊外へと向かっていきました。郊外に近づく連れ、住宅地へと進み、その先には東南アジアのジャングル地帯へと景色が変わっていきました。それと同時に景色は、なんだか懐かしさを感じるノスタルジックな雰囲気へと変わってきましたね。


アルン「実は、日本からシンガポールへ帰国する前日に夢を見たんですよね。わりと夢を見る方で、予知夢的なものが多いんですよね。今回も夢を見ながらなんとなくいつもの予知夢のようなものだと夢の中で感じていたんですよえ。その内容が、フライトで僕自身と同じ感覚に方と出会うってことだったんです。まさにその方が、お二人だったんでしょうね。」


僕「そうなんですね。ホント、奇跡というか偶然というか必然というかそんなことって現実にあるんですよね。世の中って不思議ですよね。ご縁ということですね。」


山田「俺も今、アルンさんの話を聞いて驚いています。日本では袖も触れれば多少の縁といいますからね。」


三人が三人、この出会いに驚嘆していました。


アルン「その夢にはまだまだ続きがあるんです。かいつまんで言いますと、今からお二人をお連れする場所についてなんですよ。」


僕「それは興味深いですね。実は、アルンさんからお連れしたい場所があるといわれた時から、なんだか切なくなる感じが続いているんです。」


アルン「そうなんですね。僕も実はその場所についての云われというか話を聞いた時、涙しました。それは、ある4人家族についての話なんです。今から向かう場所というのがシンガポールとマレーシアの国境付近の場所なんです。このエリアには以前私の祖父母が所有していた土地と建物があったんです。これはかなり前の話ですけどね。祖父母は賃貸で物件を貸し出しており、そこに若い夫婦と男の子、女の子の計4人家族が住んでいたんです。その家族は、マレーシアからの移民だったそうです。賃貸物件に住み始めていた時、ご主人も元気で家族のために頑張って働いていたんですが、仕事中にケガをしてしまったらしいんです。その怪我がもとで、あっという間に亡くなったようでした。その後は奥さんが子供二人を養うために頑張って頑張って仕事をしていたようです。ただその奥さんは、体があまり丈夫な方ではなくお仕事も休んだりってこともあったようですね。祖父母は何かの縁でこの家族と出会えたんだから、できる限りのことはしてあげていたようです。家賃を値引きしたり、お母さんが働いている間は子供を預かって食事を一緒に食べたりと。そういった現実は、そのお母さんには負担だったんでしょうね。子供達には、祖父母のところにあまり行かないようにと言っていたようでした。迷惑をかけたくなかったんでしょうね。次第に子供たちは家に閉じこもりがちになり、お母さんもメンタルが消耗したようでしたね。お母さんが長男にみんなで一緒に死のうといったようで、その長男が生きたいと答え、その時は心中をとどまったようでした。」


僕はその話を聞きながら、自然と涙が出てきましたよ。山田君の方を見ると彼の目がウルウルしていたようでした。アルンさんがストーリーを話し始めると僕たち三人の周囲の空気感が変わってきました。それは一瞬の出来事でしたね。


アルン「お母さんは心中をしようと決意した日に、子供たちを連れてシンガポールの街中に行き、ショッピングや好きなものお腹一杯食べさせたようでした。子供たちは久しぶりのお母さんとのお出かけにすごく喜んでいたようでした。男の子と女の子は、その前日に祖父母に明日、お母さんとお出かけするといって目をキラキラさせていたそうでした。その初々しい澄んだ目の輝きは忘れられなかったといっていました。」


僕と山田君はその光景を想像すると涙があふれそうになるのを我慢し、アルンさんの話を聞き続けました。


アルン「その日夜、母親は、子供たちが寝入ったときに、二人の子供に手をかけてしまったんです。その後、母親は、寝ることもできず、朝を迎えたようでした。その朝日を目にした母親は窓越しの朝陽に映し出されているわが子たちの亡骸を見て、自分一人で生きることなんかできないと思い、自身も自分の意志で命を絶ったというんです。」

僕と山田君はアルンさんの話をただただ声も出さず、聞いていました。アルンさんの話も終わり、三人とも目頭が厚くなっていたんです。アルンさんは話を続いていました。


アルン「そのようなバックボーンのある場所へ今回お二人をお連れした理由なんですけど、実は、その場所にはまだ母親の魂が成仏できず、彷徨っているようなんですよね。その魂が成仏できることはないかもしれないけど、少しでもその悔恨の念が軽減できるのであればと思っているんです。」


僕「そうだったんですね。分かりました。僕にできることがあれば何なりとおっしゃってください。」


山田「わかりました。僕たちがこの世に生を授かり前に、こんなこともあったと思うと、いま、この命を授かっていることに感謝しかありませんね。僕は酒井さんのお手伝いができればと思います。」


アルン「みなさん、ありがとうございます。」


アルンさんは浄化の準備をし始めているようだった。今はなきその建物が建っていたであろう場所はすぐに分かったんですよね。僕の魂に男の子が妹らしき女の子の手を引いて僕の前に現れてきたんです。その子らの声は「お母さん、私たちは天国に行っているから悲しまないでって伝えてください。」と幼子の声で僕たち三人へ伝えてきたんですよね。僕は心の中で「わかったから、心配しないでね。」とインスピレーションを送りました。


アルン「準備ができたので、これから浄化を始めていきたいとおもいます。酒井さんと山田君は、この結界が崩れそうになったら、このお香を焚いてください。実は母親の魂は、悔いる思念が残り、それに付け込んで取りついている妖魔がいるんです。今回は母親の魂をその妖魔から解き放ち、子供たちと一緒に天へと導くことが目的なんですよね。そのため、結界を張るのを邪魔する輩たちが僕たちの周りに集まりつつありますよ。」


僕「わかりました。気を引き締めていきます。」


山田「わかりました。僕も付け込まれないように気を引き締めます。」


アルンさんが呪文というか、祝詞というかそのようなフレーズを唱え始めると、急に風が強くなってきました。お香の火が消えそうになり始めたため、僕はその火を絶やさないように結界を張り続けたんですよね。僕と山田君は少々びっくりしちゃいました。唱え終えようとするときに、三人の前におそらく先ほどの幼子たちの母親であろう女性がくっきりと姿を現してきた。その女性は僕たち三人へ「ありがとうございます。」と伝えてきました。そして空へと手をつないで消えていったんです。それと親子の上には父親らしき男性の姿もありましたね。また、天国で親子四人幸せに暮らしてくれればいいと僕は祈りを捧げました。


アルン「ようやく、母親と子供たち、最後には父親が迎えに来てくれて、四人は手を取り合って空へと向かう姿が見ることができて、本当に良かったですよ。」


僕「ほんと、アルンさんがおっしゃっているようにまた親子四人が出会えて本当に本当に良かったです。」


僕の目からは涙が零れ落ちていきました。山田君はというと僕の言葉に感化されたようでずっと涙をぬぐっていました。


僕は今のシンガポールの繁栄の過去には、こういった悲しいストーリーがまだまだ埋もれているように感じました。


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