第30話「召喚魔術」

 真っ暗で何も見えない空間。己の肉体の存在すらも無く、有るのはただただ漂っているという感覚だけだ。


 ここはいったい……?


 確かに言えることは、かつて俺だったものはあの時死んだということ。


 意気揚々と強敵に挑むも、まるで歯が立たずに敗れて死んでいった愚かな勇者。それがかつて俺だった者の要約だろう。


 もしこれがゲームであれば、再び蘇り、レベルを上げ直して再挑戦となるのだろうが、この世界は生憎そうではないらしい。


 では、今の俺は一体何なのだろう……?


 肉体すらも持たない精神体。無理矢理説明をつけるならそのあたりになるのだろうか?


 この何も無い、何もできない空間で、ただただいつになるかも分からない消滅の時を待つだけの存在。まあ存外それも悪くないかもしれないな……。


 ただ一つだけ。たった一つだけ。やり残したこと。心残りが俺にはあるはずだ。


 結局俺は最期まで挟まることはできなかった……。


 近しい体験なら金を払った対価として受けることはできたが、結局本懐に辿り着くことは叶わなかった。ハッシュドビーフを食べることはできたが、ハヤシライスを食べることはできなかったという訳だ。


 思い出した途端、俺の中の未練の念が増幅を始める。先刻までの悟りに近い状態はすでに無く、燃え上がるまでの未練が存在しないはずの肉体を焼くような感覚に襲われる。


 すると、どこからかも分からないが、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。


「異界に眠りし者共よ。拙者の下僕となりて、その姿を示すでござる」


 刹那、どこからともなく差し込むたった一筋の光。


 この光を掴めと俺の超直感が告げる。


「俺は……。俺は……まだ……死にたくないぃぃぃ! 挟まりたいんだあぁぁぁ!」


 俺は今は存在しないはずの手を伸ばし、声は出ないが切なる思いを叫ぶ。


 すると、突然雷のような強い衝撃に襲われ、その光の射す方へと吸い寄せられる。視界は闇から反転するように、まばゆい光に包まれた。


 そして、俺の意識はここで途切れたのだった。


         ***


「うーん、また失敗したでござる」

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