第27話「ファフニールの銃撃戦」

「姐御、着きやした!」


 車が止まったのは年期の入った雑居ビルの前。五階建てではあるが、テナントは三階に一件あるだけで、事実上の持ちビル状態のようだ。


「あ、アニキ……このビルって確か……?」


「ああ……」


 突然殺気立つ車内。


「え、何? これから配達なんだから、殺気放つの止めて欲しいんだけど……」


 ノアは小さく溜息をつきながらも車を降りて、雑居ビルの一室へと向かう。その後では、いつにも増して殺気立ったボディガード達が脇を固めていた。


         ***


「こんにちはー。『コルボ』のデリバリーでーす」


 テナント内へと入り、受付らしいスペースで注文者を呼ぶノア。


 すると出てきたのは……


「久方ぶりじゃのう、『魔眼の檸檬姫』」


 190センチ超の大男。そして後ろのボディガード達の宿敵、「五九十の百腕巨人」こと後藤であった。


「大嵐の中配達させてしまい済まなかった。組長が『唐揚げが200個食いたい』とどうしても聞かなくてな……。お詫びと言っては何だが、帰りは組の者に送らせよう」


 申し訳なさそうに話す後藤。


「あ、運転手ならいるから大丈夫……」


 後ろのボディガードを指差すノア。


「やっぱり、ここ五九十組の事務所じゃねーか!?」


「姐御を危険な目に遭わせやがって! 許さんぞ!」


 当のボディガード達は、勝手に殺気立ち、盛り上がっているようだ。


「なんじゃお主ら……。ノア嬢を慕うのは勝手じゃが、店の手伝いにまで手を出すとは……。暇なのか……?」


 呆れたように言う後藤。


「やかましい! 大体お前らなあ、レモンはどうしたレモンはぁ!?」


「そうだ! 唐揚げにはレモンだろうがぁ!?」


 当の八九三組一同は、後藤に馬鹿にされたことよりも、その注文内容に対しておかんむりのようだ。


「ああ、レモンか。あいにくと組長はマヨネーズ派でな」


「マヨネーズだと、このあまちゃんがぁ! その腐りきった根性叩き直してやらあ!」


「野郎共! カチコミじゃあぁぁぁ!」


 異教徒を討とうと、勝手に事務所の奥へと踏み込もうとする八九三組一同。 


「おい、勝手に入るな……ってお主らニンニク臭っ!? 何だ!? ニンニク果汁でも浴びて来たんか……?」


 侵入者を止めようとしたことで、その異様な臭いに気づいた後藤。彼らにはすっかり「ニンニクインフィニティ」の臭いが移ってしまっていた。


「待て! その臭いのまま事務所に入るな! おい、誰か『ファフニール』持ってこい!」


 ニンニクテロリストの侵入を阻止せんとパニックになる五九十組事務所。

 

 後藤の号令に従い、奥からは禍々しい邪竜のイラストが特徴的な消臭剤『ファフニール』を構えた数人の組員が現れ、即座に防衛線を形成する。


「やれい! 一斉射撃じゃあ!」


 後藤の合図とともに、ニンニクテロリスト目掛け一斉に『ファフニール』が浴びせかけられる。たちまちに広がる爽やかなミントの香り。


「ぐわぁぁあ!」


「ファフニール」の一斉掃射にたじろぐニンニクテロリスト達。


「よくもやりやがったな!」


「『クリアミントの香り』なんか浴びせやがって! 俺達が『スイートローズの香り』派なのを知っての狼藉か!? ゴラァ!」


 そして明後日のベクトルで怒り出すニンニクテロリスト一同。


「いや……知らんが……」


 これには後藤も呆れるしかない様子だ。


「野郎共! 『ファフニール』を構えろ! 銃撃戦じゃあああ!」


「押忍! アニキ!」


 榊の号令に従い、ニンニクテロリスト一同も懐からおもむろに『ファフニール』を取り出す。五九十組の緑のボトルに対し、こちらはピンク色が特徴的だ。


「いや、どこに隠し持ってたの……? っていうかあるなら最初から使ってよ……」


 ノアの至極真っ当な指摘も、ヒートアップしきった彼らには最早届いていないようだった。


「このミント派の外道共があ! バラの香りに染め上げてやらあ!」


「おい、馬鹿、止めんか!?」


 後藤の制止も虚しく、ミントの「ファフニール」部隊へ向けて、バラの「ファフニール」が一斉掃射される。たちまち広がる甘いバラの香り。


「やりやがったな!? バラの香りなど邪道、ミントこそが正義だってことを、その花に叩きこんでやらあ!」


 しかしこれがミント派の五九十組の逆鱗に触れたようだ。


 たちまちに始まる、ミントとバラの『ファフニール』のぶちまけ合い。仁義なき銃撃戦は、みるみるうちに制御不能の大乱戦と化した。


 みるみるうちに事務所中に充満する、ミントとバラとニンニクの入り混じった香りのキメラ。


「ちょっと……やめ……臭いキツすぎ……」


 その「混ぜるな危険」の具現化とでも言うべき臭いのあまりのキツさに、ノアは意識が飛びそうになる。


「あ、これヤバいかも……」


 耐えきれず、視界が揺れ動く。


「姐御ぉぉぉ!」


「おのれミント派め! 姐御の仇ぃぃぃ!」


 薄れゆく意識の中で聞こえたのはバラ派の叫び。「いや、九割以上貴方たちのせいですけど……」と返すだけの気力も既に残ってはいなかった。


         ***


「あれ……?」


 気がついた私が初めに見たのは、すっかり見慣れた『コルボ』の天井だった。


「おう、気がついたか」


 隣からは店長の声がする。


「いつぞやの唐揚げ巨人が、気絶したお前を連れてきたもんだから、いったい何事かと思ったぞ……。『馬鹿共が迷惑をかけて済まなかった』って言ってたな」


 どうやら後藤が店まで送ってくれたらしい。


 結局あの騒ぎがどうなったのかは謎だが、まあそんなことはどうでもいい。


 それよりも今は一つだけ、どうしても言っておかなければならないことがある。


 私は一呼吸おいた後、店長の方へと向き直ってこう告げた。


「もう二度とデリバリーなんてしないからね……?」

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