第35話 女心と秋の空
「ところで、あれから伊藤とはどうなったんだ?」
俺は授業間の休憩中、林に後輩の伊藤との進展を聞いてみた。
「普通に付き合ってるよ。この前の日曜日は、二人で遊園地に行ったし」
「そうか。ついこの間までは、お前もこっち側の人間だったのに、随分差を付けられちゃったな」
「簿記で全国優勝したのもそうだけど、やっぱり個人で上位に入ったのが大きかったんだろうな。けど、お前も一条から好意を持たれてるじゃないか」
「まあそうだけど、彼女とは付き合えないよ」
「なんで? あいつ結構面白いし、付き合えばいいじゃないか」
「部活仲間と付き合ったら、うまくいかなくなった時に気まずくなるだろ? 俺はそれが嫌なんだよ」
「そんなこと言ってたら、誰とも付き合えないぞ。せっかく恵まれた環境にいるんだから、もっと青春を謳歌しようぜ」
「…………」
他人事だと思って、気安く言ってくる林に何も返せないでいると、彼は更に畳み掛けてきた。
「なんなら、俺が一条に言ってやろうか?」
「何を?」
「お前が付き合いたいって言ってるってさ」
「お前、余計なこと考えてんじゃねえよ。もしそんなことしたら、絶交だからな」
「じゃあ、どうするんだよ。この前、一緒に動物園に行った上原とはうまくいきそうにないんだろ? だったらもう、一条と付き合うしかないじゃないか」
「お前は考え方が短絡的過ぎるんだよ。これから一条より素敵な女子が、俺の前に現れるかもしれないじゃないか」
「お前、休日はずっと家に籠ってるんだろ? そんな奴に出会いなんてあるわけないだろ」
「そうとは限らないだろ。下校中に他校の生徒に待ち伏せされて、告白される可能性だってあるじゃないか」
「はははっ! そんなの、期待するだけ無駄だって。悪いことは言わないから、一条にしとけよ」
林は笑いながらそう言ったけど、俺は彼の言うことに、素直に従う気にはなれなかった。
林に言われたからか、俺は前よりももっと一条のことを意識するようになった。
林にからかわれるのが嫌で、できるだけ見ないようにしていても、気が付くと視線が彼女に向いている。
こんな状態では勉強も手に付かず、目標としている一級合格も夢のまた夢だ。
そんなことを考えていると、平中が不意に声を掛けてきた。
「ねえ、斎藤君。部活が終わった後、少し話したいんだけど、いいかな?」
「別にいいけど」
「じゃあ、また後でね」
(話ってなんだろう? まさか告白とか……いや、さすがにそれはないだろう。じゃあ、なんだ?)
俺はそのことが気になり過ぎて、その後まったく勉強に集中できなかった。
やがて部活が終わると、俺は徒歩の平中と歩調を合わせるように自転車を押しながら、近くのカフェに入った。
「で、話ってなんだよ?」
それぞれコーヒーと紅茶を注文すると、俺は早速平中に聞いた。
すると、彼女は一瞬ためらいの表情を見せた後、おもむろに話し始めた。
「前に、一条さんと二人で帰ったことがあったでしょ? その時にどんなこと話したのかと思ってさ」
平中は、一ヶ月くらい前に俺と一条が二人乗りして帰った時のことを聞いてきた。
「なんで、そんなこと聞くんだよ。ていうか、もう大分前のことだから、どんな話したか覚えてないよ」
本当は鮮明に覚えてるけど、それを彼女に言うわけにはいかない。
「そう。私はてっきり、一条さんに告白されたのかと思ってたわ」
「えっ! ……ちなみに、なんでそう思ったんだ?」
「だって、その次の日から、明らかに斎藤君の一条さんを見る目が変わったから」
「…………」
(自分ではそれを見せていないつもりだったのに、平中にはそう見えていたってことは、まったく隠し切れていなかったんだな。……ていうか、女の観察眼って怖え)
心の中でそう思っていると、平中はそのまま話を続けた。
「その様子だと、私の勘は当たってたみたいね。で、どうするの? 一条さんと付き合う気はあるの?」
「それは俺にもよく分からないんだ」
「そう。でも、一条さんの気持ちを考えたら、一刻も早く結論を出した方がいいんじゃない?」
「まあそうなんだけど、なかなか踏ん切りがつかなくてさ」
(こういうことを言ってくるということは、平中は俺に恋愛感情はないんだろうな。とりあえず、彼女に告白しなくてよかった)
そんなことを思っていると、話は意外な方向へと進んだ。
「踏ん切りがつかないってことは、もしかして他に好きな人でもいるの?」
「えっ! ……いや、今のは言葉の綾っていうか」
「じゃあ、なんでそんなに慌ててるの?」
「別に慌ててないよ。平中がいきなり変なこと言うから、少し驚いただけさ」
「私、変なことなんて言ってないけど。まあいいわ。ところで、私たち一年の頃からずっと友達だけど、私のことを異性として意識したことはある?」
「えっ! ……なんでいきなりそんなこと聞くんだよ」
「私的にはいきなりじゃなく、前からずっと聞きたかったことなんだけどね。で、どうなの?」
「そんなの、意識したことなんて一度もないよ」
「……そう。分かった。じゃあ、私もう帰るね」
平中はそう言うと、逃げるように店を出ていった。
一人残された俺は、平中の本心が分からず、彼女が半分ほど残した紅茶を呆然と見ていた。
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