第12話 ドキドキの結果発表

 問題用紙を裏返した途端、俺の背中に嫌な汗が流れた。


(なんだ、この量は? 予選の時より全然多いじゃないか)


 俺はあまりの問題量に、すっかり冷静さを失ってしまった。

 とにかく、早く問題を消化しようと焦った結果、計算ミスをしていることに途中で気付き、また最初からやり直したことで大幅に時間をロスしてしまった。


「はい、そこまで!」


 試験官の終了の声とともに、俺は静かにシャーペンを机の上に置いた。


(やっちまった。つまらないミスをしたせいで、手付かずの問題が結構残ってしまった)


 そのせいで逆に冷静になれたのか、俺は十分の休憩を挟んで行われた応用部門をなんら焦ることなくやり切った。



「お前ら、出来はどうだ?」


 採点をしている間、控室で待機していると、先生が心配そうな顔で聞いてきた。


「計算部門の量の多さにはびっくりしましたけど、割と冷静に対応できました」


 北野が部長らしい発言をする。


「おれは予選の時よりはできました。今日はなぜか、あの時よりリラックスして臨めたんですよね」


 林が誇らしげに言ったけど、それはそれでなんかムカつく。


「わたしは正直、あまり自信はないです。もしかしたら、予選の時より点数が悪いかもしれません」


 本番に強いと思っていた平中も、さすがに全国大会では緊張してしまったようだ。


「俺は最初の計算部門は、計算ミスをしたせいで、あまり問題を解くことができませんでした。なので、俺にはあまり期待しないでください。はははっ!」


 俺は変に期待されても困るので、応用部門はほぼ完璧にできたことを敢えて言わなかった。


「そうか。まあ勝負は時の運だから、お前らに運が味方すればいいけどな」


 先生はそれだけ言うと、部屋から出ていった。


「先生あんなこと言ってるけど、本当は優勝したくてたまらないのよ」


 不意に平中が誰にともなく言った。


「ん? なんでそんなことが分かるんだ?」

「そうよ。小百合、なんか知ってるの?」


 林と北野が不思議そうな顔で聞く。


「二人には今まで言わなかったけど、わたしたちの予選の点数は全国で二位だったのよ」


「えっ! おれたち、そんなに凄かったのか?」

「ていうか、なんで今まで教えてくれなかったの?」


「余計なプレッシャーを掛けたくなかったのよ。優勝候補ってことになったら、嫌でも重圧を感じちゃうでしょ?」


「そういうことか。確かに知らなくてよかったな」

「そうね。もし知ってたら、伸び伸びできなかったわね」


「先生は前の学校にいた時も、ずっと全国大会に出場してたんだけど、まだ優勝はしていないのよ。だから今回は是が非でも優勝したいと思ってるはずよ」


 ネット情報に詳しい平中は、そう言い切った。


「おれ、なんか今頃になって緊張してきたよ」

「私も。もし優勝できなかったら、先生に申し訳ないわ」


「なんでそうなる? そういう結果になったところで、俺たちが責任を感じることはないだろ」


「そうよ。私たちは精一杯やったんだから、たとえ優勝できなくても、堂々としていればいいのよ」 


 そんなことを言い合っている間に採点が終わったようで、俺たちはスタッフに促され体育館へ向かった。

 程なくして体育館に着くと、開会式の時に挨拶した男性が檀上にスタンバイしていた。


「皆様、お疲れ様でした。この中には、緊張してうまくいかなかった人が何人かいると思いますが、そんなことまったく気にする必要はありません。なぜなら社会に出れば、うまくいかないことの方が圧倒的に多く、いちいち気にしていたら身が持たないからです。また、普段通りの力を出せたという人は、その強い心をいつまでも持ち続けていてください。それでは発表します。第45回全国高等学校簿記大会に優勝したのは……」


 ここで予選の時にはなかったドラムロールが鳴り始めた。

 主催側としては盛り上げようと思ってやってるんだろうけど、はっきり言ってこんな演出をするくらいなら、早く優勝校を言ってもらいたい。

 そんなことを思っていると、ドラムロールが鳴り終わると同時に、男性が勢いよく「広島県立平成商業高等学校です!」と言った。


「やったー!」


 その瞬間、俺はガッツポーズをしながら叫んだ。予選の時はただ茫然としてただけだったけど、今回はある程度予想できていたので、自然とそのような行動に出たのだろう。

 他の三人も予選の時と違い、みんな笑顔だ。もしかすると、彼らは自分たちが優勝したこと以上に、先生を優勝させられたことが嬉しいのかもしれない。


 その後すぐに個人の部の発表があったんだけど、結果から言うと林が三位、北野が五位、平中が十位で、俺は圏外だった。

 ある程度分かっていたこととはいえ、自分が上位三名の中に入っていないのは、やはり悔しい。つまりそれは、自分だけ優勝に貢献していないということだから。

 思い返すと予選の時は林が圏外だった。あの時、彼はまったく気にしていないように見えたけど、もしかすると内心は今の俺みたいに相当悔しかったのかもしれない。


 やがて表彰式が終わると、先生が今にも泣き出しそうな顔で、「お前ら、本当によくやった。まさか初出場で優勝するなんて、夢にも思わなかったよ。俺の長年の夢だった全国大会優勝を成し遂げてくれて、本当にありがとう」と、感謝の言葉を口にした。


「こうして優勝できたのは、先生が熱心に指導してくれたおかげです。こちらこそありがとうございました」


 北野が部長らしい挨拶をすると、先生は堪えきれず、ポロポロと涙をこぼしていた。

 今まで怖い部分しか見せていなかったけど、これが本来の先生の姿なのかもしれない。


 その後、俺たちは東京駅で土産を買い、新幹線に乗って広島へと向かった。










 





 


 

 

 

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