第11話 いよいよ本大会開始
翌朝、俺たちはレストランのビュッフェで朝食を済ませた後、タクシーに分乗し、大会が行われる会場へ向かった。
昨日と同じように、前の車に先生と女子二人が乗り、俺と林はその後を追っているんだけど、行き先は先生が言ってくれているので、今回は焦ることはなかった。
「ていうか、なんで昨日もそうしてくれなかったのかな」
俺が不満げに言うと、林は「もしかすると、先生もテンパってたのかもな」と、思いも寄らないことを口にした。
「まさか。いつも冷静沈着な先生がそんなことあるはずないだろ」
「けど、地方予選で優勝した時も、興奮して取り乱してただろ? ああ見えて、意外と情熱家なんじゃないかな」
そう言われて予選の時のことを思い返すと、確かに先生はいつもと様子が違っていた。
「じゃあ、いつもはそれがバレないよう、抑えているってことか?」
「ああ。その方がおれたちを指導しやすいと思ってるんじゃないかな」
「なるほどな。じゃあ、もし今日俺たちが優勝したら、どうなっちゃうんだろうな?」
「多分、嬉し過ぎて失神しちゃうんじゃないかな」
「はははっ! もしそんなことになったら、いい笑い者じゃないか」
「ああ。それに、もしその動画がネットに上がったら、学校全体の恥だぞ」
俺たちがそんな軽口を言い合っている間に、車は大会の会場になっている某大学に着いた。
「うわあ! ここ、やけに広いなあ!」
感激屋の林が、周りを見渡しながら大声を出す。
「昨日ネットで調べたんだけど、規模的には普通みたいよ」
ネットでの情報収集が得意な平中が、さり気なく教えてくれた。
「ふーん。じゃあ東京には、こんなのがわんさかあるってことか」
「そういうことだ。ちなみに俺が通っていた大学は、ここなんか比べ物にならない程大きかったぞ」
突然、先生が割り込んできた。ていうか、それ何の自慢?
その後、俺たちはスタッフに促され、開会式が行われる体育館へ向かった。
程なくして体育館に着くと、そこには既に多くの高校生が集まっていた。
その光景を見て俺は予選を思い出し、林に目を向けると、彼の顔が見る見る緊張を帯びてきた。
このままだと、また『ああ、俺、緊張してきたよ』とか言いそうだ。
そうさせないために、俺は先手を打つ。
「なんか、どいつもこいつも、頭の悪そうな顔してるな。あんなのが、よく予選を勝ち抜いてこられたよな」
そう言うと、林は慌てながら同意する。
「そ、そうだよな。あんなのが勝ち抜くなんて、よっぽど他の学校のレベルが低かったんだろうな。はははっ!」
「あなたたち、油断は禁物よ。私たちはあくまで挑戦者の立場なんだからさ」
そんな俺たちを、北野が注意してくる。どうやら彼女は、俺が林を尻込みさせないために言ったことに気付いていないようだ。
けど、北野は俺たちの予選の点数が全国二位なのを知らないのに、期せずしてそう言ったのは、俺としては都合がよかった。
そんなことを思っていると、檀上に主催者らしき中年男性が上がり、おもむろに話し始めた。
「皆様、こんにちは。今日は遠い所からわざわざご足労いただき、誠にありがとうございます。皆様は、激しい地方予選を勝ち抜いてこられた精鋭です。それを自信に、今日は思う存分力を発揮してください。それから……」
その後、主催者の話は延々と続き、それがようやく終わると、今度は前年優勝校の代表者が前に出て選手宣誓を始めた。
「宣誓! 私たちは高校生らしく、明るく爽やかに競技することを誓います!」
(はあ? 明るく爽やかにってなんだよ)
およそ簿記に似つかわしくない言葉に、俺は首を傾げる。
多分彼女は決められた文言を言っただけなんだろうけど、これを考えた奴は一体どんなセンスをしてるんだろう。
「それではこれで開会式を終わります。皆様は大会の行われる教室へ移動してください」
そのままスタッフの後について校舎に入ると、軽く百人は入れそうな階段教室がいくつもあった。
俺たちは事前にもらった番号札と照らし合わせながら、その中の一つに入ると、予選の時と同じように、それぞれ自分の番号が書かれている席に着いた。
(いよいよ始まるな。さっき北野が言ったように俺たちは挑戦者だ。予選の点数が二位だったことは一旦忘れよう)
そんなことを考えていると、試験官が入室し、スタッフとともに問題用紙と答案用紙を裏向きで配り始めた。
程なくして配り終えると、試験官はストップウォッチをセットしながら、こちらに目を向けてきた。
「最初は計算部門です。制限時間は四十分。それでは始め!」
試験官の号令のもと、俺たち出場者は一斉に問題用紙を裏返した。
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