海海刻鈴音の子供たち(短編集)
鈴音
和菓子屋シノハラ編 第一話 シノハラ(異世界転移物)
異世界転生。というか、異世界転移というものが僕の元いた世界の一部で流行っていたらしい。
冴えない男や人として劣っている人間が、死んだりなんだり色々な理由で異なる世界に飛ばされて、その先でとてつもない力で無双したりするらしい。
そして今、僕もその転移とやらをしたらしい。残っている記憶は、地面がぐにゃりと捻れ、突然意識が暗転したこと。そして、だだっ広い草原のど真ん中で、青空を仰ぎ見る今だけだ。
嘘だ。元いた世界の記憶はちゃんとある。言い方が悪かった。
だが……それにしたって困った。僕は転移なんかしても困るだけだ。向こうの世界に彼女もいるし、実家の和菓子屋を継ぐための修行もしないといけない。
とりあえず、立ち上がって、腕時計を見る。まぁ見たところで時間が正しいのかもわかんないので、気分を落ち着かせるためのルーティンのようなものだ。
深呼吸をして、歩き出そうとした時、一人の男に声をかけられた。背が高く、甘ったるい匂いとタバコの匂いが鼻につく、長身の男。その手には、その男の背と並ぶほどの大鎌があった。
「お前……そうか、新しくこの世界に流れ着いたのか。俺はクロウ。よければ、この世界のことを案内してやろうか?」
クロウ。そう名乗った男は被っていた帽子を少し持ち上げ、にかっと笑う。なかなか愛嬌のある男だ。
「……この世界は、よくある異世界。って考えていいんですかね」
この世界に住む人間に聞く質問ではない。そう思ったが、その前にクロウが新しく流れ着いた。と言っていたので、きっと事情はわかっているのだろう。
「おう。この世界は、あんたたちの世界が辿ることなく捨てられた道の先……いわゆるパラレルワールドだ。
ときおり両世界に流れる波みたいなものが触れ合って、互いの世界の人間同士が交換される。その度に、向こうの世界の知識や技術が流れ込んでくるから、一大イベントになる」
「パラレルワールド……波、ですか。なら、その時が来れば向こうの世界に帰ることも……」
「出来る。てか、すでに何人か帰ってる。波が来なくても帰れる方法はあるにはあるが……金も時間もかかるから、大人しく次の周期を待った方が懸命だな。ちなみに、向こうとこっちは時間の流れが違うことがわかってる。異世界ライフを満喫してから、のんびり帰っても向こうじゃ数日程度しか経っていないらしい」
「それ結構な頻度で人が行き来してる事になりません?」
「そうなってるからこの世界はすげー発展したんだよ」
楽しげに話すクロウを見て、ふと思う。自分はまだまだ未熟だが、人よりは菓子作りが上手い自信がある。
材料さえ調達出来れば、この世界で店を構え、経営の練習や和菓子作りの特訓ができるのでは……この考えが顔に出ていたのか、クロウはこんな提案をしてきた。
「なぁ、この世界にはエンドレス グリードっていう迷宮がある。そこに行けば、望むものは何でも出てくるんだ。……そこでだ、俺と契約してくれよ。俺は迷宮からものを取ってくる。あんたはそれで商売をする。どうだ、悪くないだろ?」
僕が何を売るのか、彼は知らないだろう。それでも、きっと成功するという根拠の無い自身が、その目から読み取れた。彼は、僕に期待してくれている。なら、応えよう。
「……シノハラ。僕は、シノハラだ。和菓子っていう向こうの世界の島国にある伝統の菓子を作り、売っていた。きっと、クロウの期待に応えられるよ」
僕も笑って返す。クロウは、言葉ではなく、手を差し出すことで答えてくれた。
こうして、異世界和菓子屋 シノハラはスタートすることになった。クロウの幼なじみと、不思議な少女も迎え、四人で始めたこの店は、まだまだ先行き不安ではあるけれど、きっと失敗はしない。
それは、クロウが約束してくれたから。
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