第2話 お家ですよお嫁さん
車で僕の家に向かう途中、外の風景に綺咲さんは興味を示していた。田舎の自然豊かな地は彼女にとっては新鮮なものなのだろう。及川家をはじめとした多くの資産持ちの一家はこのような辺境に家を構えることは少ないだろうし、僕の実家でさえも神戸の中心部にかなり近い位置で存在している。
しかし祖父母が両方とも入院生活になってしまってからは僕がこの家を引き継いだのだ。というより、祖父母自らが僕に渡そうと常々計画していたらしく、その話を聞いた時は驚いた。古い家だ、新しい住人は見つからないだろうし、敷地も広いせいで手に負えるかといったところ。
綺咲さんはこんな田舎に来れてよかったのだろうか。そんなことを考えながら車を走らせていると、僕の家の前に人が立っているのが見えた。
「どなたでしょうか」
「うちの庭師です」
「庭師……お庭があるのですか?」
「ええ、それもかなりの庭園がね」
車を路肩に停めて話を聞いた。どうやら庭のさくらんぼの木から近所の子どもたちがよく盗んで食べているようだ。この地域の小学生たちは僕の祖父母と面識があり、何かと道で会えばお菓子をもらっていたというのを祖父母本人から話があった。
「どうされます坊ちゃん。今度見つけたら捕まえてしまいましょうか?」
「いや、いいさ。好きにさせておきなさい。どうせあそこの木にある実など誰も食べないのだから、それなら子どもたちに食べさせてあげなさい。でも何も言わずに取るのはだめだと教えてあげなさい」
「承知」
「優しくね」
小さく頷いた庭師。そして車の助手席に乗る綺咲さんを見つけ、目を丸くした。
「あらら、坊ちゃんこちらが例の奥さんです?」
「ん? ああ、そうだよ。綺咲さんって言うんだ。お嫁さん」
「庭師の古瀬です。お庭にご不満、ご要望あればすぐに駆けつけます」
「綺咲です……」
控えめな挨拶だった。間髪入れずに古瀬が僕に聞いてくる。
「こんなべっぴんさん奥さんにできるなんて、坊ちゃんも隅に置けませんねぇ」
「ああ、きれいな人だよ」
「よかったよかった。そんじゃ、あっしはこれで」
「気をつけてな」
門冠りの松をくぐり、塀の中にある駐車場に車を停めた。やはりここはどこか閉鎖的でどうも開放感が味わえない。しかしそれでも家が広いため、逆にそれ以外に補えているからイーブンだな。
綺咲さんは相変わらず何か気を引かれているご様子。僕の住む家、家と言うには大きすぎる屋敷を目の前にして、言葉が出ないのかな。でもこんな屋敷なんて及川家やその他名家の先祖が持っている土地や家には簡単にあるものだと思う。
「入りましょうか。風が強いですし」
「……」
「屋敷に興味がお有りですか? でしたらすぐにご案内しますよ。対して面白いものなどはありませんが、それでもよろしいのでしたら」
「興味というか、すごく大きな建物ですので……」
「これくらいどこにでもあるものでは? 綺咲さんのご実家やお祖父様方の家などはこのような形ではないのですが?」
「そんなっ、ここまでご立派なものではないですよ。それに今は平屋の普通の家に住んでいますし」
そうなのか。それなら僕がマウントを取っているかのように思われてしまう可能性がかなり高いのでは? ただ単にこういう家というのが普通に存在しているのではないかと、純粋にそう思っていたから変なムカつくキャラだと印象付けかねないな。
とにかく、僕は紳士的に屋敷の中を案内した。屋敷の外はというと塀に囲まれているし、庭以外に別になにもないため紹介などはしなかった。それよりも重要なのは建物の中であるのだ。なんせこれからここにずっと暮らしていくことになるのだから、どこがどの道具がありどこにどんな機能の設備があるのかを確認させなければならない。
軽く全体に案内し、詳しく設備について話した。7LDK、3階建て、2階はほぼ物置き。3階には小さな部屋が1つ。2階は2つ、どちらもかなり広い。1階には4部屋、加えてLDK。一つは寝室、もう一つは僕の書斎。あとの二つは使用人の部屋と客人用の泊める部屋。
多い。多すぎる。屋敷ということもあり広くて部屋が多い。さすがに2階や3階は案内せずに説明だけした。どうせ使わないし別にしなくてもいいと思ったからだ。
「それで……綺咲さんはどうされたいのですか?」
「は、はい?」
「僕達は結婚しましたが、結婚をしたかったわけではございません。綺咲さんがこの屋敷で暮らしたくないのでしたら、すぐにマンションをご用意します。もしくはご実家に戻られることもできますよ」
「……」
「どうされたいですか?」
そう冷たく聞いた。綺咲さんは強い眼差しで僕を見つめ、強い口調で返してくる。
「ここに住みたいです」
「……なぜです?」
「あなたと同じ屋根の下で生活したいからです」
うむ、読めない。その返答はあなたになんの得があってのことなのだろうか。メリットなど目に見えないのに、なんならデメリットでしかないはずなのに……。どうして? あれか、屋敷に興味があるから住んでみたいということなのだろうか。
「そうですか。でしたらマンションなどは何も準備はしませんよ。そうだ、綺咲さんは自分のお部屋、欲しいですか?」
「部屋ですか?」
「ご自分の部屋です。もし使いたいのでしたら、客人のところをお使いください。誰も使いませんからね。客人も来ませんし」
「いえ、私は……」
「勝手に使ってもらって構いませんから。それではお茶にしましょうか。疲れたでしょう? ソファに座ってくつろいでください」
恥ずかしそうにしながらも素直にソファに腰掛ける姿に、可愛げを覚える僕だった。
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