政略結婚をしたお嫁さん、エッチしたいため夜に誘ってくる。【え、実は昔から旦那さんのこと好きで無理やり結婚したってホント?】

戸松原姉線香

プロセス1 関係を深めましょう。

第1話 はじめましてお嫁さん

 結婚をした。


 相手は及川グループの令嬢らしい。顔は見たことがない。話には聞いているがなかなかの美人な女性だということだ。


 今日は顔合わせの日である。はじめて相手方の顔を見る日だった。今までの人生でこれほどに憂鬱な日があっただろうか。正直、この用意された和風な控え室からとっとと出ていってしまいたい。でもそうはいかないんだろうな。僕は立派な跡取りでもあるし。


「まぁ、それでもその人のことを好きになるとか、ありえないとは思いますけどねぇ……」

「そんなこと言わないの! 相手のご令嬢だって、結婚したくてしてるわけじゃないのよ? それにアンタも仕事ばかりでお父さんが怒っちゃったんじゃない」

「それなら別に他の人だっていいでしょ? 兄弟はいっぱいいるんだ」

「でもあなたは次男でしょう? お兄さん……秀一はああなったことだし。あなたがやるしかないのよ」

「でもさぁ……」


 母との会話は現実を教えてくれる。幻想を見せられることはなく、ただひたすらに厳しく辛い現実を見せてくれる。


 そうだ。結局ツケは僕に回ってくるのだ。でも僕は別に兄さんを憎んでいることはない。あの人にはあの人なりの信念があって、あの人なりの生き方があったのだ。でも僕はそんな強くて格好いい兄さんのように、自分自身に誇りを持てるような生き方はしなかった、否、出来なかったのだ。


 この結婚は望んでしたものではない。相手の顔も名前も知らない状態から、僕は跡取り息子として強制的に結婚をさせられているだけ。望まれた男女の夫婦ではないのだ。


「憂鬱だ……」


 一言発してからすぐに襖が開き、時間になったことを知る。もう早く終わってほしい。どうせ形だけの夫婦、形だけの結婚だ。そう思っていた。


「篠崎弥一様が来られました。襖をお開きいたします」


 その合図で目の前に何枚もある襖が動く。スラスラと静かな音をたて、描かれている龍の絵はしまわれていく。


「ん?」

「キッ!」


 お父上だな、あれ。


 鈍い風が体にあたった。この気迫、間違いない……。自分が上であるかのような雰囲気だ。まるで僕がさらいに来たような反応を見せているけれど、僕もあなたの娘さんも、自分からここへ来るようなことはしていないよ。


 それにしてもギラギラした凄まじい眼光だ。取って食おうとしてねぇかな、この人。及川家の当主様は色々と娘がお好きなようで何より。それなら大事に育てられてきたという証明にもなるかもしれないな。


 そして……。


「はじめまし……」

「お久しぶりです」

「ん? 僕、あなたとお会いしたことありましたか?」

「……いえ、間違えました。はじめまして」

「あ、ああ、はい。どうもはじめまして」


 丁寧な挨拶には好感が持てる。なるほど、たしかにこれはウワサ通りの美人な方だ。色白でツヤもハリもある。青みがかった髪はサラサラしており肩までの長さ。小顔で切れ長の目。しかし何かボーっとしているところが気になる。眠たそうだ。


「お互いに紹介に入りましょうか。結婚する篠崎弥一と申します」

「知っとるわい。それで、会社は」

「昨年から柏崎グループ企業、株式会社フェニックスとの共同プロジェクトが始まっており、多くの製品が開発されヒットしていきました」

「ふん。それくらいなら誰にだってできらぁ。まっ、会社が成り立ってるだけマシなのかもしれんけどな」


 この人、マジで自分の立場分かってんのか? 自分のグループ企業とうちのグループが契約するために僕の親父に縁談を持ちかけてきたんだろうが。舐めた口きいてると、それこそ僕の開発してる重機で轢きこr……いや、やめておこう。冷静にいこう、冷静に。


「では、お次は娘さんの方に……」

「うちの娘かいな? 及川綺咲、国立大卒、26歳、以上!」

「そ、それだけ……ですか? お仕事とかは……」

「辞めたんや。結婚したらお前さんのとこの家に住むやろ」

「父が話したんですね。あまり個人的な情報は教えたくないのですよ、特にあなたみたいな自分の娘を使って契約を取るような人には」

「何度でも言うてくれや。でも結婚させたい言うたんはお前さんとこの親父さんやで」


 縁談を持ちかけたのはこの人。そしてその縁談の話を前々からしていたのは僕の父。いや、そもそも父が息子を結婚させたいと言っていたことから、ここまで発展したのか。面倒なことをしてくれる、本当に。


「なんでもいいですよ。とにかく、今日中には手続きを終わらせて父には話しておきます。娘さんも僕の家にお連れしますから」

「頼むでな。うちの娘は何かと不器用なもんやから、色々と教えたってな。あと、子どももよろしくさん」

「分かりましたよ」


 そうして顔合わせが終わり、僕の妻になるという女性が隣の席に座っている。なんだ、座るときでもいつでも丁寧な姿勢だな。そんなかしこまったことしなくてもいいのに。こっちまでかしこまってしまう。


「お父上はどんな方なんです?」


 僕が聞いた。


「元気で声が大きいです。それから明るくて、とても元気です」

「元気が2回も出てますね。そんなに元気なんですか?」

「ええ。心配になるくらいには」

「そうなんですね。僕の父は静かで寡黙な人ですよ。でも一度スイッチが入るとうるさくなってしまうんですよ」

「例えばどんなときにでしょうか」

「僕が一向に結婚に興味なさそうだったときとか」

「すみません……」

「どうして謝るんですか、綺咲さん。別にあなたが悪いことは決してないですよ」

「本当は嫌でしたよね……こんな無愛想でいつもボーっとしてるような女では」


 そんなことない、という言葉をかけてあげたい。しかし嫌なことは嫌だったのだ。それは綺咲さん本人のことじゃない。ただ、結婚という行為自体に僕は嫌がっていた。自分が好きでもない女性とハイスピードで結婚なんて、ふざけんなって思った。


 でも、それは……綺咲さんも同じなのだ。綺咲さんも自分が結婚したいと思っていたことなどないはずなのだ。親同士が勝手に決めた結婚相手、僕と綺咲さんはどちらも嫌がっているはずなのだ。


「そんなことないです」


 言えた。配慮できる男だと思われるかもしれない、そんなことを狙って言うことはなく、純粋に僕がその言葉をかけてあげたいという気持ちがあったからだ。


「そう……ですか……。嬉しいです……」


 嬉しいと言ってはいるものの、一切の笑顔も柔らかい表情も見せてはくれなかった。感情が読み取りにくいところがネックだな。しかし若干だが頬を染めているところは確認できた? 若干、本当に若干。


 ん? なんだこの真っ赤な耳は。


 耳、赤すぎるでしょ。何この赤さ加減。熱でもあるんじゃないのか?


「熱あります?」

「え、なんでですか……?」

「いやぁ、耳がとても赤いので」

「あっ、いやっ……。これは……」


 咄嗟に隠すその仕草に、不意に女性的な色気を感じた。


 雰囲気に似ず色気のある人だ。不思議な女性だと思った。

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