Poppy and Turquoise


 甥には数が普通とは違った風に見えるらしい。見えるというより、感じるというべきかもしれない。


「オスの数字は宝石で、メスの数字は花なんだよ」


 説明を聞くと、数字の雌雄というのは別に偶数か奇数か、はたまた素数か、などは一切関係なく、まったく何のルールもないように思われた。


 彼の数字に関する言い回しは抽象的で解釈が難しく「一緒にいる」「はずす」などが加算や引算を表すことは概ね一貫していたが、数字そのものや計算が複雑になるにつれて奇妙な詩のように聞こえるのだった。


「翡翠の山に水晶の森があって、その奥に咲いた金鳳花きんぽうげが、ラピスラズリの種を吐く、種は山と同じだけの大きさをしている」



 甥が変わった子どもだったためか、両親は彼を放ったらかしにしており、彼は父親の弟である私の元に毎日のようにやって来た。彼の言っていることのすべてが理解できるわけではなかったが、彼が何やら美しいものを見ていることは分かった。


 ある時、私は息抜きとして甥に数秘術を教えてやった。名前のアルファベットに数字を割り振って一桁になるまで足していく。言葉を数字に置き換えるというアイデアを彼は気に入ったらしかった。


「僕は雛罌粟ひなげし、叔父さんはトルコ石」そしてにこにこしながら付け加えた。「僕たちが一緒にいると水晶になる」


 水晶は彼がいちばん好きな数、【1】のことだった。



 ある日、どういう気まぐれか、甥の母親が私たちの遊びを見に来た。彼女は息子の才能を間違ったふうに理解した。


「この子は天才だわ!」


 母親は彼の才能・・を言いふらし、見せびらかし、周りの人々は彼女と同じ過ちを犯した。

 みな甥を称賛したが、彼の詩を聞こうとはせず、ただ紙の上の数字の羅列ばかり眺めていた。甥のことすら見ていなかった。甥は困ったような視線を私に向け、私は「後で聞くよ」と頷いた。


 しばらくはそれで何とかなっていたのだが、母親が「息子はもうあなたと遊んでいる暇はないの」と私と彼を引き離してしまった。

 彼の才能が損なわれなければ良い、私はそれだけを願った。



 一年ほど経った頃、甥が再び私を訪ねてきた。ぐんと身長の伸びた彼はすっかり数学をやめてしまっていた。


「飽きたんだ」


 私はとても残念に思ったが、人々から注目されなくても、遅かれ早かれ甥の興味が他に移ることは予想していた。彼が宝石や花に詳しいのは幼少期に擦り切れるほど図鑑を読んでいたからだ。

 甥はまたほったらかしにされ、前のように私を訪ねるようになった。


「最近は川で石を拾うのに忙しい」


 天気の良い日には、私たちは近くの川へ行って甥をときめかせる石ろこを拾った。彼は拾った石を水の入った金魚鉢に貯め、それを「【0】にする」と言っていた。

 数学をやっていた時、彼が【0】について何も言っていなかったことに私は気づいた。



 私たちは今日も川に来ていた。甥が好む石に、私は一貫性を見つけられなかったが、彼にははっきりした基準があるらしかった。

 川の中に立って澄んだ水を跳ねさせながら、甥は言った。


「【1】は最も小さくて、整数は誰も彼を割れない、でも、水晶は落とすと割れる。割れた水晶はもう【1】じゃないんだ」

「うん」

「みんな、それをあんまり分かってないんだと思う、きっと。【1】は【1】だし、水晶は割れない、ね?」

「……そうだね」


 彼はなぜかじいっと私のことを見つめていたが、やがて私の足元を指差した。


「あ! そこの石! 取って」

「これ?」

「その奥の、【3】」

「これかな?」

「ちがう」


 甥は自分で手を伸ばし翡翠色の小石をつまんだ。かつて花や宝石の名前で呼ばれていた数たちは、今は色を表すのに使われている。彼の頭の中で数たちが色を失ったわけではないようだが、それについて口にするのは私の前だけと決めたらしかった。


「【6】。叔父さんにあげる」


 彼は【6】トルコ石のような水色の小石を見つけると私にくれたが、どうしていいか分からなかったので、水を入れた花瓶の中で【0】にしていた。正しい処置なのか分からなかったものの、それを見た甥は少し嬉しそうだった。



「そのうち、花を育てたいと思ってる」甥は言った。「【4】とか【9】とかさ。でもとっても気をつけないと上手くいかない──何しろ女の子たちだからね、ナメクジに食い尽くされた【7】なんて悲し過ぎる……。【8】の周りを【1】と【6】で囲って、【5】を並べたら、きっと女王さまみたいになるね」


 難解な数学の問題と同じくらい、彼の話はよく分からなかったけれど、彼の世界は相変わらず美しいのだろうと思った。

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