人生終了最底辺少女、勇者のすべてを受け継ぐ!
六典縁寺院
第0話「闇バイトを照らす光」
闇の中、点々と浮かび上がる灯火。その光は瞬く間に広がり、四つの島を描きだした。弓なりに並ぶ島々を覆う文明のイルミネーションは、はるか天空からもはっきりと見えるほど鮮烈だったが、その輝きはある地点でぷつりと途切れていた。
本州の中央から少し西、東海地方と関西地方がグラデーションしてゆく場所。そこに太平洋に向かって突き出す半島がある。
その半島は、あたかも光の侵入を拒むかのごとく、闇の中に孤立していた。文明の光に背を向けるその姿は、時代を超えて今なお灯火の神秘をたたえ続けているかのようだった。
―― 午前三時
山々を滑らかに切り裂くバイパス道路。虚ろに地面を照らす道路灯。その恩恵にあずかっているのは、型落ちのハイブリッドセダン、たった一台。
「バイパス抜けたら旧道のほうや。そのまんまサーッと行って、ドンツキ右。温泉の標識越えたら、明かり点いてる民家んとこをクッと左や」後部座席の男がドスの聞いた声でささやく。
「っす」ハンドルを握る若い男は、抑えた声で返事をした。助手席の男が、「はぁ……」とため息交じりに続ける。
「ほんま君、テンション低っくいなー! 緊張しすぎ! もっとファーっとやらんと、潰れてまうで! そっすよね、店長!」
店長と呼ばれた男は「まぁ、みんな最初はそんなもんや」と、誰に断るでもなくタバコに火を点ける。紫煙が車内にゆらゆらと立ち込め、静かに、そして不吉に、どこかに消えていった。
車は現道を外れ、旧道へ入っていく。
そこは、時が止まったような異空間が広がっていた。森に呑み込まれた製材所、朽ち果てた喫茶店、閉店したガソリンスタンド。道路灯は不自然なほど間隔が広く、周囲に明かりの灯った民家など一軒もない。
十数本目の道路灯を通り過ぎたあたりで、ようやく明かりの点いた民家が視界に入った。車が小道へと滑り込むと、家の灯りがふっと消えた。
だが、そのことに触れる者はなく、車は静かに進み続けた。
ガタガタと荒れた道を少し進むと、「私有地につき立ち入り禁止」と書かれた錆びついたゲートが姿を現した。妙に頑丈そうなそのゲートを抜け、車はさらに奥深くへと進む。
伸び放題の下草がアンダーカバーをこすり、左右から伸びたヤブがボディーに当たり耳障りな音を立てる。車は轍をたどり、森の奥深くにある、ぽっかりと開けた小さな空間へとたどり着いた。
雑に伐採され、雑に整地された砂利敷きの広場。四方を取り囲むのは、妙に頑丈そうなトタン塀。奥にあるプレハブ小屋の脇には土木工事用の重機が無造作に置かれている。屋根付きの作業場に影を落とす巨大な粉砕機が、まるで時を待つかのように影を落としていた。
「おう。ここや……ほな、サッとやって、サッと帰んぞ……」
後部座席の男は短くつぶやくと、暗がりにたたずむユンボへと早足で歩いていく。残された二人はトランクから荷物を取りだし、一緒にそれを担ぎ上げた。
なんてことのない、秋の夜。
冷たい風が森を横切り、枝葉がざわめく。カサカサとすれ合う音の合間にキキキッという鳴き声と虫の音が混じり合い、原始のシンフォニーを奏でた。そこでは、小さなユンボのエンジン音など些細な雑音にすぎない。
広場の片隅に三人の男は「小さな丘」を作り上げた。
月の光がそれを怪しく照らしだす。丘は周囲と不釣り合いなほど滑らかで整い、そこだけが湿り気を帯びていた。
帰り道、車がバイパスへと入ったときだった。ハンドルを握る若い男がふとルームミラーを見ると、後方に七色のフラッシュが瞬いた。しかし、後続車も対向車も見当たらない。若い男だけが、その異様な光に気づき驚いた。他の二人はまるで何も見ていないかのように、あくまでも平然としていた。
「わははは! 一気にほぐれよったな! こういう仕事するときは、常にそういう冗談が必要ちゅーこっちゃで!」
「いや……まじで冗談とかじゃなく、ほんとに変な光が……」
「いや君、意外におもろいやん! ほんま人生ちゃんと個性出していかな損するで!」
森に響き渡るモーター音と男たちの笑い声。ヘッドライトの光は奇妙な余韻を残して闇に消えていった。
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