ハッピー&オープンエンドのショートショート四作 ~ヒューマンドラマ・ホームドラマ・青春~

最上優矢

「あの人を探し回って」 ~ヒューマンドラマ~ 必ず報われる

 忘れもしないあの人を探し回って、きょうで六年経つ。

 忘れもしないあの人の姿を見つけ出すため、おれはきょうも街中を疾走し、失踪したあの人を探し回る。


 六年前、おれは十四歳だった。

 どちらかといえば、おれは恋をすることは苦手なほうだった。

 もちろん、恋愛の類の話も好きではなかった。

 だからあの人、先輩と出会ったのは、おれにとって人生を変える出来事だったし、恋をするきっかけとなった。


 ひねくれたおれなんかとは違い、先輩は明るく素直な十七歳だった。

 と同時に、先輩はこの世界から消えたがっていた。


 なぜ、と思ったおれは先輩に「どうして」と訊いてみた。

 そのときの先輩の表情を、おれは生涯忘れることはない。

 それまでは水をあげて咲き誇っていた花が、おれが泥を入れたことによって枯れてしまった、そんな感じの悲しい表情だった。


 そのときの先輩は理由を話してはくれなかった。

 が、のちにおれはその理由が先輩の両親にあることを知った。


 先輩の家庭環境をよく知る高校教師によると、先輩の将来の夢は歌手らしいが、それを先輩の両親は快く思っていなく、彼らは先輩が歌手になることを断固反対したらしい。

 そのせいで先輩の家庭環境は悪化したそうだ。

 そしてある日を境に、先輩は行方をくらました。


 それが家出なのか、引っ越しなのか、はたまた先輩の身に何かあったのか、おれには分からない。

 先輩の両親や先輩をよく知る高校教師も、それについてはかぶりを振り、真実を語ろうとはしなかった。


 もちろん、おれは先輩の失踪の真実を知ろうと、あらゆる努力をしてみた。

 けれど、どれも徒労に終わってしまった。


 そんなおれがたどり着いたのは、街中を疾走し、失踪した先輩を探し回ることだった。


 おれは元から走ることは好きで、嬉しいことや嫌なことがあると何時間も走り回ることができる人間だった。

 最初は先輩の失踪のショックで街中を走り回っていたのが、今はこうしてそれを活かすことができるようになった。


 休日の昼と夜、おれは一時間以上街中を疾走し、直感を頼りに先輩の姿を探した。

 そんなこんなで六年もの歳月が経ち、おれは二十歳となっていた。

 そして、生きていれば先輩は二十三歳となっているはずだ。


 ……生きていれば?


 そう考えたとき、おれの走りは緩慢となり、ついには立ち止まってしまった。

 そして、この大地を薄く照らす月のある夜空を見上げた。

 その月夜はあまりに美しく、そして残酷だった。


 いつもは疾走しても乱れぬ呼吸が、見る見るうちに乱れていく。

 おれはどこまでも美しく残酷な月をにらみながら、先輩のことを想ってむせび泣いた。


 そんなおれを元気づけるために言ったのか、それとも自分の推しである歌手の知名度を上げるために言ったのか、そのときおれの近くにいた痩せ型の中年男性が「きみ、夢歌むかという新人歌手のミニライブがこのCDショップで行われるから、よければ見に来なさい」と言うなり、近くにあるCDショップの中に入っていた。


 そのときのおれは中年男性の純粋な気持ちが嬉しくて、夢歌とやらのミニライブを見ようと、あわてて涙を拭き、CDショップの中に入った。


 明るい場所に目が慣れていなかったため、おれは夜の薄闇から店の照明に目を慣らしたのち、店の中を歩き回った。


 ミニライブの会場は店の奥側にあった。

 ミニライブの観客はまばらで、店の看板を見る限り、ファーストシングル発売記念のミニライブらしく、まだ知名度はない歌手みたいだった。


 おれはぼんやりと夢歌の登場を待った。

 それで先ほどの怒りや悲しみを一時でも忘れられるのなら、いくらでもおれは待っただろう。


 やがて、夢歌という新人歌手が登場した。


 おれは目を丸くした。

 それはなんとも運命的な再会だった。

 なぜなら夢歌は……先輩だったからだ。


 彼女の顔の輪郭と愛嬌のある笑顔で、おれは夢歌という新人歌手が、六年前に失踪した先輩であると見抜いた。


 向こうは気付いているのだろうか、おれがおれであるということを。

 いっそ、おれのことを知らせてやるのがいいのでは、とおれが前に進もうとしたとき、トーク中の先輩はこのようなことを言った。

「わたしが歌手になったのは、夢が諦められなかったからです。夢を諦めたくなかったからです。夢を夢で終わらせたくなかったからです。そのためにわたしは歌手になりました」


 おれは先ほどの興奮や焦りを忘れ、先輩の――夢歌のトークに聞き入った。

 そしてトークの最後、彼女はこのようなことを言った。


「でも、今のわたしにはわたしを応援してくれるみなさんがいます。きっと、みなさんは“わたしがいなくなっても、諦めずに見つけ出してくれる”ことでしょう。……そうだよね」


 そのとき夢歌は先輩の目をして、おれと目を合わせた。


 それは短いようで長く、今まで二人が離れていた時間をなかったことにするような温かな時間だった。

 そのあいだ、おれは目を閉じることはせず、静かに涙を流した。


 先輩は夢歌の目に戻ると、このように力強く言った。

 生涯忘れることはない、とても幸せそうな表情で。


「聴いてください。……ドリーム・カム・トゥルー」

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