旦那様のためならなんなりと
絵之色
第一頁 一時のティータイム
鳥の鳴き声が聞こえる四月の頃、柔らかい桜色の花弁が舞う。
「……春か」
「はい、そうですね。旦那様」
艶のある柔らかい女の声は、随分と聞き慣れたものだ。
海外にはよくあるヴィクトリアンメイド服を身に纏ったメイドが俺の横で待機している。
「
「はい」
洒落た紅茶のティーセット。
俺好みのものを徹底している、流石俺の専属メイドだ。彼女の色白な肌をなぞって端正な美貌を持つ顔から、
撫でるように視線を横に向ければ、頭には質素なホワイトブリムをつけ、長く伸びたしっとりとした
「どうぞ、旦那様」
華族の家系の息子として生まれた自分が、従者なんぞ取ろうとも思っていなかったが……何事とも、偶然という物は馬鹿にできないな。
じっと、俺は再度綺鵺の顔を見つめる。
普通のメイドにしてはやたら色気がある……と、言われたのも反論はしない。
その理由にも、自分だけが知っている。
「……? どうかなさいましたか? 旦那様」
「いいや、なんでもない……頂こう」
主人である男は、綺鵺と呼んだメイドの入れた紅茶の取っ手を片手で捕らえる。
「……美味い」
「それはよかったです、旦那様がお好きなアールグレイを入れました」
「そうか……綺鵺」
「はい、なんでしょう?」
「お前も座って、紅茶を飲まないか?」
「ダメです、旦那様はお仕事の休憩中なんですよ?」
「……たまにはいいだろう? 話し相手になってくれないか」
綺鵺が自分の顔を覗き込む。
整えられた鼻立ちも、柔らかそうな唇の口角は愛おし気に吐息を漏らす。
「……もう、まるで子犬のおねだりのようなことをなさるのですね」
「俺は子犬じゃない、雨にも濡れていないぞ」
「ふふふ、例え話ですよ。旦那様は寂しがり屋さんでしたものね」
「……そういうわけじゃない」
くすくす、と口元に手を当てて笑う彼女に少しムッとする。
流石に、甘えたいと素直に言えないでいる自分を主人の横暴で全部言うのは、男として情けない主人の堕落さを表わすのは、いただけないだろう。
「……まったく、最初の頃のお前はもう少し初心だったと思うがな」
「ならば、旦那様がそう私を染めたのではありませんか?」
「ぶっ!! な、なんてことを言うんだ、君は!!」
「汚いですよ旦那様、お口と服が汚れてしまいます」
綺鵺は俺の口元にフキンを当てて口元を拭く。
……本当に彼女と最初に出会った頃と大違いだ。
綺鵺の主人である
とある夜の日からこの日常が始まったこの日常は、嫌ではない。
二人は共犯者、永遠を生きる者同士の恋物語である。
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