ライバルのつえー女を蹴落としたい!

さめ太郎

夏祭りで蹴落としたい

第1話



「シミュレーション終了。高山 七央ななおの撃破数、13。ポイント125」


 アナウンスが入ると、場がわあっと沸いた。

「125かあ!あーし、105だったわ」

 月子の隣で、あーあ、と天を仰いだのはミヤミヤだ。おかっぱ頭に二本のツノが生えている。

「三条ちゃんは112だっけ?」

「110」

 月子はむすっとして答えた。

「あっ、そう…。でもほら、可愛さポイントが一億点くらいあるから大丈夫っしょ」

 ミヤミヤは適当なことを言うと、触らぬ神に祟りなしとばかりにその場を離れていく。


 月子はシミュレーションルームの中の七央をじっと睨んでいた。

 色素の薄いネコ毛のショートボブ、吸い込まれるようなアーモンドアイ。細身だがしなやかで、出るべきところが出た体。

 戦闘員の制服である黒のロングコートを真面目に着ているが、下は黒のショートパンツで、惜しみなくさらけ出された太ももには暗器を納めたベルトを巻いている。

 月子は彼女が嫌いだった。

(せいぜい得意になっているがいいわ)

 強さを得、名声を得、全てを手に入れた女こそ引きずりおろす甲斐があるというもの。七央を絶頂から蹴落とす様を妄想するのが、月子の就寝前の日課だ。

(いつの日か、私に敗れ周囲にみじめな姿を晒してもらうわよ)


 月子はにっこり微笑むと、シミュレーションルームから出てきた七央に歩み寄った。服の裾が、さらさらと衣擦れの音を立てる。

 制服の着用は自由なので、月子は芭蕉扇ばしょうせんに合わせて仙女のようなデザインの服を着ることが多かった。

「お疲れさま。さすが、群を抜いての一番ね」

 と、芭蕉扇で軽くあおいでやる。

 七央は月子の方を見て、困ったように笑った。

「ありがと、一番かどうかはまだ分からないけど…。それに紫炎しえんくんが122だから、群を抜いてってわけでもないよ」

「まあ、ご謙遜」

 現状二位の紫炎は、七央と同じチームである。チーム単位で考えるなら、月子の中で七央の言葉は「一位も二位もうちのチームですまんね(笑)」に変換される。

 イラっとしながら、月子はあくまでも優雅にうなずいた。


 組織のシミュレーションルームでは、各種妖異の幻体をデータから生成、戦闘員たちと戦わせることができる。幻体なので、攻撃を受けても戦闘員側にダメージはない。ある程度の衝撃と、シミュレーションの結果にマイナスポイントが入るだけだ。

 データ生成にはそれなりの手間とエネルギーを使うものの、戦闘員の能力測定のため、こうしたシミュレーションバトルは定期的に行われていた。

 観戦も可能で、花形戦闘員が戦う時はまるでコロセウムのように盛り上がる。


 次の挑戦者がシミュレーションルームに入り、七央がそちらへ顔を向けた。

 端正な横顔だ。長い睫毛、きらめく瞳。今は月子のことを単なる同僚の一人としてしか見ていないその瞳が、恐れや絶望と共に月子だけを見る。その瞬間を想像すると、月子はゾクゾクするのだった。

 月子は苛烈な片想いをしている、と言っても良かった。その想いの内訳が、恋心ではなく憎悪や妬みなど諸々の暗い感情であるというだけで。

 泣いて許しを請う七央を想像するとにやけてしまって、月子は慌てて芭蕉扇で口元を隠した。

 この扇、力を篭めれば突風や竜巻を起こすことができる。強力な力を秘めた兵器、『宝具パオペエ』のひとつだ。いや、正しくはそのレプリカと言うべきか。



 芭蕉扇(のレプリカ)が完成した時、「この宝具と相性が良く、力を最大限引き出すことが出来るのは誰か?」が審議され、最終候補として月子と七央が残った。

「どうする?殴り合いで決めるか?それとも饅頭の大食い競争にする?」

 適当なことを言う支部長に、月子は「饅頭大食いにしてください!」と声を上げようとしたが、その前に七央が辞退を申し出てしまった。

「月子ちゃんの方が似合うから」という理由であった。

 そうして芭蕉扇は月子の手元にやって来たが、月子は「勝負すらしてもらえなかった」屈辱感をずっと抱き続けている。

 周囲の「七央さんが譲ってくれたんだ?良かったねー」と言いたげな視線もキツかった。これでは戦わずして負けたようなものである。

 月子は、正々堂々と勝負した上で芭蕉扇を勝ち取りたかったのだ。勝負の内容が饅頭大食い競争であったとしても。


 決定的だったのはこの芭蕉扇の一件。だが、その他にも気に入らないことはたくさんある。

 月子が人知れぬ努力の末にやっと支部内で確たる居場所を得たというのに、二年ほど前にふらりとやって来た七央は、あっという間に月子以上のものを得てしまった。周囲からの親愛、心を許せる仲間、信頼できる上司など、月子が欲しかったものを全て、涼しい顔で。

(絶対に『わからせ』てやる)

 とはいえ、現状、真っ向からの戦闘勝負では七央に勝てない。策が必要だし、月子自身もっと力を知恵を身につけなければいけなかった。今は「蹴落とすための準備期間」なのである。



「ね、月子ちゃん。もうすぐ天灯祭りがあるでしょ?」

 七央が視線はシミュレーションルームに向けたまま、急に話を振ってきた。

「え?…ええ、そうね」

 天灯祭りは、たくさんの天灯…つまりランタンをやけくそに飛ばすお祭りで、千石の街の人々にとっては夏の終わりと秋の始まりを感じさせるイベントである。

 支部の女子構成員にとっては、浴衣姿で好きな人にアピールする夏のラストチャンスということで、先週あたりからどこか浮ついた空気が流れていた。

「月子ちゃんは行く予定ある?」

「私は、別に…。焼きトウモロコシは食べたいけど、天灯は見飽きたしねえ。あなたは行くの?」

 問い返すと、七央は眉をハの字にした。

「去年は仕事で行けなかったから、行きたい気持ちはあるんだよね。でも一人で行くのもなぁって…」

「あら」

 月子は芭蕉扇を口元に当てた。

「紫炎くんとは行かないの?」

 すると七央は、顔を赤くして月子の方に向き直った。

「なんで紫炎くん…。別に一緒に行こうとか言われてないし、紫炎くんお祭りとか興味なさそうだし」

 もじもじと否定し始める七央。

(うぜ~のよ~!!)

「じゃ、仲良しの彼女は?ええと…、」

「葵は今本部出張で、しばらく帰ってこないの」

「あらあら」


 七央は上目遣いに月子を見てきた。

「月子ちゃん、もし良かったら私と一緒に行ってくれない?」

「はあー??」

 月子は抑揚のない声で聞き返した。表情は限りなく『無』である。当然断るべく口を開きかけ、ふと思い直す。

 …もしかして、七央の弱点を探るチャンスなのでは?敵を知れば百戦危うからず、というではないか。

 月子は脳内で冷静に計算すると、うなずいた。

「いいわ、一緒に行きましょう」

「本当?!ありがとう、月子ちゃん!」

 七央が感激して抱きついてくる。

 うふふ、と乾いた笑いを漏らす月子の耳に、アナウンスが飛び込んできた。


「シミュレーション終了。六原恭介の撃破数、10。ポイント111」


 1ポイント差で抜かされ四位から五位に落ちた月子は、ため息を吐いた。




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