一生の贈り物

怜來

一生の贈り物

莉茉のお姉ちゃん、柚は三人の人を殺した。

一人目は莉茉と同じ高校に通う高校一年生の笹木菜愛さん。


二人目は中学三年生の新島陽さん。


三人目は高校二年生の宮宅沙里さん。


三人に共通している所は何も無く、殺した動悸は分からない。だから今この場で聞くつもりでいる。


今莉茉たちがいるのは留置所。柚は今ここにいる。今日は面会をしにお母さんとお父さんと一緒に莉茉はやってきた。チラリと横を見ると、隣に座っているお母さんの目がパンパンに膨らんでいるのが見えた。四日前柚が人を殺した、と警察から連絡が入ってからずっと泣いていたからだ。その横には眉間に皺を寄せ、怒りを堪えているのか手が震えてるお父さんが座っている。


莉茉も話を聞いた時唖然とした。自分のお姉ちゃんがそんなことをするわけが無い。そう願っていたけれど、現実は甘くなかった。後日警察から柚が行った犯行だという証拠を提示され、本当なんだと実感した。

莉茉は柚とあまり会話したことがなかった。


会話をしたくて、話しかけてもいつも無視されてばかり。それでも根気強く話しかけ続け、最近になってやっと対面で話せることが出来た。この調子で仲良くなりたい、莉茉がそう思っていた矢先に事件が起こってしまった。本人から真実を聞きたい、そう思い両親と共に柚に会いに来た。


数分後一人の警察官と一緒に柚が入ってきた。見た目は以前とあまり変わりは無い。


「何をしてくれたんだお前は!」


席につくやいなや、お父さんが机を叩きつけながら怒鳴った。柚の反応は無い。


「おい、聞こえてるだろう! 返事をしなさい」


怒鳴るお父さんに対し、柚は睨みつけた。


「うるさいな。そんなでかい声を出さなくても聞こえてるよ。それくらい分からないの?」


その言葉を聞いて莉茉は違和感を感じる。喋り方が自分の知っているお姉ちゃんじゃないということに。お父さんは怒りで何も感じないのかまた怒鳴った。


「人を、人を殺しといてなんでそんな平然としているんだ! 」


「じゃあどういう態度をすればいい?泣いてごめんなさいってすがりつけばいい?」


肘をつき、目を細めてお父さんを見ている。こんな姿を見た事がなかった莉茉はショックを受けた。


莉茉の知っている柚は、誰にも頼らず一人でなんでも出来て頭もいいお姉ちゃん。大人しくてこんな流暢に話すことは滅多にない。この人は誰?莉茉の頭の中は考えることでいっぱいいっぱいだった。


すると隣に座っていたお母さんが口を開いて、枯れた声で聞いた。


「どうして、どうして人殺しなんかしたの?」


お母さんの必死の一言に柚の口角が上がった。その瞬間、莉茉は恐怖を覚えた。背筋を凍らせるほどの恐怖を。


「あら、私に興味が湧いたの?珍しいね。知りたいなら教えてあげようか」


斜めに顔を傾け、気味の悪い笑みを浮かべた。さっきまで怒鳴っていたお父さんも今自分の目の前にいるのが、自分の娘かを疑っているのが目を見てわかる。


お母さんも同じ顔をしていた。そんな二人の反応を気にもせず柚はたんたんと事の経緯を話始めた。


「最初に言っておくと三人とも自殺願望を持っていたのよ」


一人目の笹木菜愛は学校でのいじめにより不登校になる。親に相談して学校側にいじめを訴えるも、いじめっ子には未来があるから壊すようなマネはしたくないと言われ何も行動してくれなかった。なぜいじめっ子の未来は心配して、いじめられた人の未来はどうでもいいと思うのか。菜愛は柚の前で大泣きしながら訴えた。柚にはどうすることもできない。だから最も幸せになれる手段を菜愛に教えた。それを聞いた菜愛は驚きもせず、目の前にあった救いの手をとったのだ。


二人目の新島陽は家庭内暴力で日々悩まされていた。両親は仲が悪く喧嘩なんて日常茶飯事。そんな家庭に産まれた陽は親からの愛を知らずに育つ。毎日二人からストレスをぶつけられてあた陽の服の下はアザだらけ。何度も児童相談所に相談したが、家庭内に暴力はないと言われ誰も助けてはくれなかった。柚はそんな新島に手を差し伸べた。陽は最初聞いた時は躊躇っていたが、もうぶたれずに済むんだと考えると気持ちが晴れたのか柚の手をとった。


三人目の宮宅沙里は四人家族の長女。沙里には妹がいて、勉強も運動神経も何もかもが優れている。それに比べ沙里は勉強も普通、運動神経も普通。なにかに秀でているわけでもない。だから優秀な妹と比べられ親からぞんざいに扱われた。ご飯はいつも残り物。新しい服なんて滅多に買って貰えない。誰も沙里に興味を持ってくれなかった。学校でも妹と比べられいつも一人。その話を聞いた柚は沙里を思い切り抱きしめ頭を撫でた。沙里に幸せになれる提案をすると涙を浮かべながら震えた手で柚の手をとった。


「そういうわけだから私が殺した三人は自分の意思で死んでいったってことかな。私が適当にそこら辺にいる人を無差別に殺したわけじゃないのよ」


軽々と「殺す」というワードを言う柚の姿は、莉茉が見てきた「お姉ちゃん」とはかけ離れていた。あの頃の「お姉ちゃん」では想像もつかない。


「私は三人を救ってあげたのよ。三人を助けた私って救世主だと思わない?」


狂った口調で興奮気味に言う。お父さんとお母さんは何も言わない。ただただ目の前の狂気じみた娘を目の当たりにしてショックを受けているのを感じとれる。柚はその二人の姿に満足しているのか笑みを浮かべている。そんな柚の姿を見てられなくなったのか、莉茉は口を開いた。


「お姉ちゃん、だからといってな人を殺していい理由にはならないよ。私の知っているお姉ちゃんはこんなことをする人じゃなかった。どうしてこんなことをしたの」


莉茉の声が聞こえたのか、お父さんを見ていた目がゆっくりと莉茉の方へ動く。そして目が合った時、莉茉は全身が震えた。柚が冷ややかなで、光のない目がそこにはあった。その顔が怖くて莉茉は冷や汗をかいた。


「あんたの知っているお姉ちゃんって何。この際だから教えてあげるけど、元々あんたの知っているお姉ちゃんなんて存在しない」


鋭く冷たい言葉が莉茉の心を刺した。それでも莉茉は必死に言った。自分の知っているお姉ちゃんは頭も良くて、大人っぽくて、一人でなんでも出来て、料理もできるすごい人。

これだけ言えばお姉ちゃんも喜ぶ。莉茉は自信に満ちた笑顔で柚を見た。しかし想像と違った柚の姿がそこにあった。柚は喜んでいるどころかゴミを見るような目で莉茉を見ていた。その理由が分からなく困惑していると、柚は前のめりになり莉茉に顔を近づけた。


「頭がいいのはこいつらに認められたかったから。一人でなんでもできるのは誰も私を助けてくれなかったから。料理が作れるのは作ってくれる人がいなかったから。大人っぽいのは、期待をすることを諦めたから。全部好きでできるようになったわけじゃない。そうせざるおえなかった。あんたはそれを知ってた?」


莉茉は顔を青ざめて横に首を振った。


「まあ知ってた上であんな無神経な発言したら、根から腐ってるとしか言いようがないよね」


莉茉は過去に柚に言った言葉を思い出す。


「お姉ちゃんは何でもできて凄いね。お姉ちゃんが羨ましいよ」


柚を褒めたつもりで言った言葉は実は傷つけていたことを知った莉茉は必死に訴えた。


「違う、あれは褒めたつもりで」


「いつまでそうやって嘘をつくの?もう私は知ってるから、あんたの本性。全ての原因はあんたってことも」


その一言を聞いた莉茉は顔を暗くして黙ったまま俯いた。柚は背もたれに寄りかかり腕と足を組んで喋り続けた。

柚の両親は柚が産まれた時は確かに可愛がっていた。


しかし莉茉が産まれてから全てが一変する。


莉茉はその天使のような笑顔で周りを明るくさせ気づけばいつも莉茉の周りにはたくさんの人で溢れかえっていた。


時は流れ柚が小5、莉茉が小3の時に両親の態度は急変し、言葉の暴力を振るわれるようになる。


お前を産まなきゃよかった。


子供は莉茉だけでいい。


お前に存在価値がない。


消えろ。


何十回、何百回も言われ続け柚の心は疲弊していた。いっそうのこと死んでしまおう、そう考えていた時学校で莉茉と莉茉の友達の会話が聞いてしまった。


「私お姉ちゃんのこと小さい頃からずっと大嫌いなんだよね。あのメソメソした感じが凄いムカつくんだよ。だから両親に頼んで痛めつけてるの。両親は私の言うことなんでも聞いてくれるから」


それを聞いた時柚はその場で崩れた。悪いのは両親で莉茉は何も悪くない。そう信じていたのに、今までのことは全て莉茉のせいだと知ると悲しさよりも怒りが混み上がってきた。


これらの出来事を知った柚は復讐の決意を固めたことを話した。話終え、静かになった空間で突然莉茉の笑い声が響いた。


「何言ってんの。復讐? できてないじゃん。あんたは人を殺した。だから一生牢屋の中にいることになる。私に復讐するどころか手を出すこともできないじゃない」


さっきまでの莉茉とはちがう、まるで狂気に囚われた人間の姿をしている。それを見た柚は嘲笑した。


「あんたもとことんバカね。あんたの落ち度は私の本性を見破れなかったことかしら。残念だけど私の復讐はもう終わったわよ」


意味が理解できていない莉茉に柚は言った。


「私は人を殺した。だから私の名前はニュースでたくさん載っけられる。それを見たネット民はきっと私の家族をあぶりだすでしょうね。そして世界中に拡散される。メディアも毎日のように家にやってくるだろうし、周りからは人殺しの娘の親、そして妹と言われ続ける。時間が解決してくれると思っても無駄。被害者家族は一生覚えている。あなた達は人殺しの娘を産んだ親と人殺しの妹っていう肩書きを背負いながらこれから生きていかなきゃいけない。これが私からあなた達へ渡す最初で最後の一生の贈り物! 気に入ってくれた?」

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