夜間病院

裏道昇

夜間病院

 暑い暑い夜のことだった。

 誰もが寝静まった町の裏路地を三本ほど進んだ先、一件だけ明かりの灯った扉を叩く少女がいた。


「開けてください! 開けてください!」

 泣きそうな顔で何度か声を上げていると、やがて扉が開いた。


「そんなに何度も声を出さなくても聞こえているよ」

 出てきたのは寝間着に白衣を引っかけた、無精ひげを生やした男だった。


「……どうしたの?」

 男は欠伸混じりに訊ねると、少女は早口で叫んだ。


「あ、あの、この子……結愛を助けて下さい!」


 少女が両腕に抱えていた子を差し出す。

 男は若干面倒臭そうにしながらも受け取り、


「中に入りなさい」


 独り言のようにそう言った。

 男は寝台に結愛を寝かせると、触診を始めた。

 結愛はぐったりとしていて、意識がないようだ。


「何歳?」

「二歳になったばかりです」

「昼間は元気だったの?」

「はい。いつも通りに遊んでいました。今日は両親が出掛けていて……」

「そ。服を脱がすよ?」

「は、はい」


 男は結愛の服を手早く脱がして体を一通り確認し終えると、少女を安心させるように微笑んだ。


「大丈夫。ただの熱中症だ。軽い脱水症状も起こしているが……。

 まあ、体を冷やしながら点滴をすれば明日には良くなっているだろう」

「良かった……ありがとうございます!」

「ちゃんと気を付けてあげてね。周りが体調管理をしなきゃいけないんだから」

「はい」


 少女は項垂れて、唇を噛み締めていた。


「家は近いの?」

「あ、歩いて五分も掛からないです」

「それじゃあ、今は一度帰るといい。明日結愛ちゃんを引き取りにおいで」


 少女は頷いて、出ていこうとする。

 元気のないその背中に男は声を掛けた。


「……覚悟しておきな。夜間診療は高いぞぉ」

 少女は一度だけポカンとした顔で振り返り、


「なら、今月は節約しないとですね」

 初めて笑みを見せて帰っていった。


 夜が明けて、少女と両親が結愛を引き取りにやってきた。

 結愛はすっかり元気になっていて、少女の姿を見るなりその胸に飛び込んだ。


 三人はしきりに頭を下げていたが料金を支払う際に、

「本当に高いじゃないですか」

 と、少女はこっそり囁いてきた。


 そして、別れがやってくる。


 一晩だけの付き合いを惜しいと思いながら、

「次は気をつけろよ、結愛ちゃん」

 男は結愛の頭をぐりぐりと撫でてやった。


 結愛は大きな声で、

「ワン!」

 と鳴いて尻尾を激しく振った。

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夜間病院 裏道昇 @BackStreetRise

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