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学校に行けるようになった。部活に行けるようになった。
休んでいる間にすっかり体力も筋力も衰えてしまっていて、コーチと話し合って再びCチームから練習に入ることになった。
最初は、素振りをする程度で息切れが起きた。前と同じペースでロードワークを行えば500m程度で動けなくなるし、試合形式になれば足が固まって動けない。
それでも、楽しかった。
久しぶりの感覚だった。「心からテニスを楽しめている」、という感覚。ボールを打つたび嬉しさが湧き上がってきて、ラケットを握ってる間はずっと気分が良くて、やっぱり私はテニスが好きなんだ、と再認識。
もう絶対、やめてやらない。
そう思えた。
復帰して、Bチームに上がって、Aチームにも上がって、夏の大会が始まったころ。レギュラー入りまでにはいかなかったけど、個人戦のシングルスに出させてもらって、久しぶりの公式戦。
当の戦歴はというと、大会ベスト4、県大会出場。どうしても体力不足が足を引っ張って、3位決定戦は動けなくなって棄権。でも、部活内では2番目の成績で、明らかに調子が戻ってきているのが分かった。
県予選から2週間後の県大会では、ベスト8で終了。全国大会の遠さを実感できる結果だった。ただ、試合内容は過去最高に良くて、この調子で練習し続ければもっと上手くなれる、と思えた。自分の成長を、確かに実感できたんだ。
高等部に進学して、高等部のテニス部に入部した。ありがたいことに、インターハイ予選からレギュラー入りさせてもらって、団体戦は県3位、個人戦シングルスは県ベスト16。個人戦じゃまだまだだけど、団体戦はあと一歩で全国大会のところまでいった。
夏休みを挟んで、そして新人戦予選。またレギュラーに選ばれて、団体戦と個人戦、しかもシングルスダブルス両方に出場。団体戦は主戦力だった先輩が抜けた穴が大きく、インターハイ予選よりも早くに敗退。個人戦ダブルスも、上手く連携がとることができず県大会3回戦敗退。
それで、個人戦シングルス。
『ゲーム、セットアンドマッチ』
県大会優勝、そして高等部5年ぶりとなる全国大会出場。
私が、県で一番強い選手になれた。
◇◆◇
新人戦の全国大会は毎年3月、福岡で開催されてるらしく、場所は空港から少し離れた大きな運動公園。3月、福岡と言っても気温は低くて、動かないでいるとすぐに体が冷えて固まってしまう。しっかりウィンドブレーカーを着込んで、カイロをポケットに入れ、手袋をした上で、待機の間ずっと準備運動。あちこちのコートから審判のコールや応援の声が聞こえてきて、「本当に全国大会に来たんだ」、と実感した。
緊張はある。初めての全国、知らない土地、私よりも強い選手たち。いつもより沢山の人が試合を見るし、中にはスカウトの人とかもいる。でも、それよりも、普段じゃお目にかかれない、対戦する機会すらない強い人達と戦えるのが嬉しかった。
ざわざわと浮足立つ会場。ゴーッ、と音を立てて、上空を飛行機が飛んでいった。
風が吹き抜ける。
藍色が視界を埋め尽くした。
「糸さん試合次?コートまだ(前の選手が)入ってんだっけ」
「今タイブレーク中です、もちっとしたら入りますよ。センパイ応援来てくれますよね?」
「おお、逃げ道を塞ぐ言い方だね…………」
「文人センパイの方は晋たちが行きますし。お優しいセンパイだから、応援もきっとしてくれますもんね?」
「やめなさい、どんどん逃げ道を塞がないの。ちゃんと行くから」
正面で会話する2人組。片方は学校の名前が入ったウィンドブレーカーを着ていて、それでもう片方は、試合着の、
「藍染糸…………?」
「……?。はい、私が藍染です。どうしました?」
「何だチミはってね。へへ」
「直也センパイうるさいです」
藍色の絶望が目の前にいて、それで、私を、見て、て。
心臓が早くなる。鼓膜まで揺れだして、ジトッとした汗が背中を流れた。
「あ。待って、もしかして会ったことあります?ちょっと待ってください思い出すので……」
あの時よりも背が高くなった彼女。あの時よりも表情は豊かで、全然印象が違う。意思の強そうな大きな瞳だけが、あの時のままだった。
「…………赤村学園の紙山さん、だっけ?1回戦ったことありましたよね」
「お、覚えて、るんですか」
「いやあ、はは。流石に今まで戦った人全員は覚えてないんですけど。でも、あの大会で1番戦い甲斐があったのが紙山さんだったんで、覚えてて」
頭が真っ白になる。藍染糸は、私のことを覚えていた。それだけの事実が頭を埋め尽くして、何も言えなくなる。
「紙山さんもシングルス出るんですよね?お互い頑張りましょ」
「あ、は、はい。……っす、すみません、引き止めて」
「いいですよ、全然。…………じゃ、失礼します」
藍色が去ったあとも、足が縫い付けられたようにボーッと立ったまま。それからしばらくして、ずるずるとしゃがみ込んだ。
顔が熱い。多分、真っ赤になってる。
だって、藍染糸が、私のことを覚えてて。
「戦い甲斐があった」、って。
私にとっては一方的な試合だったのに、藍染糸はそう思ってて。
…………嬉しい。嬉しくないわけがない。
私の中で絶対的とも言える強者に、覚えててもらって、応援の言葉ももらった。何もかも全部、報われたような気分で。
「…………っ、ああ」
殺されたままじゃなくて良かった。
テニスを続けてて良かった。
きっと、きっと、これからも私はテニスを好きでいれる。誰に殺されたって、誰かを殺したってずっと。
もう、怖くない。
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