細川さんとこのお珠ちゃん

なばな

理想のお婿さん

 一般に、娘の男の評価の基準は父親だ。珠も例外ではなかった。彼女は、自分は父のような男性に嫁ぐのだと信じて決めていた。

 珠の父親は如才ない人だった。勤勉で、武勇に優れ、知謀に優れ、内政に優れ、古典に親しみ、儀礼に詳しく、最新技術に通じている。年を取って頭こそいささか寂しいものの、つるりとした容貌は柔和で涼しげだった。

 そのような男は滅多に居るものではない。適齢期となった珠は父親を無理難題で困らせていた。だが、結婚するのは父ではなく珠なのだ。極力妥協はできまい。

「うんと年の離れたおじちゃんは嫌よ。おじいちゃんは論外」

「でも、年下のうるさい子供も嫌。私はお母さんなんて年じゃないんだから」

「歌の上手な人がいいわ。実朝や定家の話をして暮らすの」

「教養のない頭の悪い人と暮らすのは退屈の地獄だわ」

「野暮ったい古臭い田舎くさい人は嫌。洒落や数寄がちゃんと分かる人がいい」

「でも奇抜なだけな人も駄目。温故知新をちゃんと理解してる人よ」

「長く添い遂げることになるんだから、お顔の良い人がいいわ。髭黒大将なんて最悪よ。私は玉鬘じゃないんだもの」

「浮気をする人も嫌よ。匂宮のような浮ついた人は嫌」

「でも薫君のように覇気のないパッとしない人も嫌ね」

「家柄の確かな人がいいわ。私は由緒ある清和源氏頼光流土岐一門の娘だもの」

「でも、なよなよしたお公家さんは絶対嫌。ちゃんと戦場で武功を挙げられる人じゃなきゃ嫌よ」

「親しいお家がいいわ。お父様やお兄様と敵味方に別れるなんてそんな悲しいこと、絶対に嫌よ」

 いっそ行かず後家でも良かった。母に先立たれて傷心の父を慰めて暮らすのだ。母は珠の花嫁姿を楽しみにしていた。我が儘ばかりで嫁ぐのが遅れ、見せられなかったのが、珠には少し残念だった。

 いずれはお家の為に嫁がねばならない自分の身分を、珠は十分に心得ていた。いつまでも子供ではいられない。だが、許される限りは我を張っていたかった。


 しかし珠は忘れていた。父は如才ない人だった。父は珠の出した条件に全て合致する相手を見つけ出してきた。そんな夢のような男がいたのか。いたのだ。

 ――長岡改め細川与一郎忠興。

 細川氏傍流和泉上守護家、細川藤孝の嫡男だ。下克上の戦国の世で、細川家は鎌倉より連綿と続き、足利将軍家を支えてきた、これ以上ないほど家柄の確かな武家だった。

 忠興の父親、細川藤孝という男だが、後に幽斎玄旨と号す。稀代の歌人で、藤原定家の歌道を継ぐ二条流の古今伝授を受けていた。和歌のみならず連歌、狂歌にも興じ、能、狂言、猿楽にも親しんでいた。更には、書、蹴鞠、囲碁、茶道、香道、料理にも造詣が深く、有職故実に通じた当代きっての教養人だった。そして文芸のみと思いきや、武芸百般にも通じている。剣術は塚原卜伝に習い、弓術は吉田雪荷に印可を受け、久馬術は武田流を収めていた。遊泳術も優れていた。また、京の往来で突進した牛の角を掴んで投げ飛ばしたという逸話もある。

 そういう人の、息子だ。父の才覚を受け継ぎ、文武両道でひたむきな向上心がある。父の高名に潰されることなく、意に介さない気概を持っていた。齢十五の初陣で、見事手柄を立てていた。その勇猛な戦いぶりに、いっそ懸念を覚えるほどだった。

 父と藤孝は同じ主君に仕える友人同士だ。まず、敵対することはあるまい。そして、珠と忠興は同い年の十六だ。珠は断る理由を失ってしまった。


 初めて対面した忠興は、さらりとした美男子だった。荒事を知らぬ涼しげな顔立ちをしていたが、伸ばした背筋や真っ直ぐな歩き方に隙はなかった。文武両道、才色兼備。珠の父に抜かりはなかった。如才ない人なのだ。

 珠の夫は珠の顔を見て、開口一番こう言った。

「なんだ俺より造りのいい顔しやがって。気に食わん」

 それを聞いて、注文を付けるべきは家柄でも見た目でも才能でもなく性格であった、と珠は悟った。珠から見た珠の父は、勤勉で、真面目で、篤くて、穏やかで、優しい人だった。

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