第21話 それぞれの思惑(第三者視点)
「親父、なんであそこで止まっちまったんだよ!?」
シング一家は今、下山しながら口論を繰り広げていた。
特に、一番上の兄が未だに未練たらしく封印の地へ振り返っていて。
しかし父親は頑なに兄の言論を手で振り払う。
ただしその顔にニタリとした下卑た笑みを浮かべながら。
「ま、まぁ落ち着けデリット。じ、実は儂にも考えというものがあるのだ!」
「はぁ!?」
これには四男もが首を傾げざるを得なかった。
彼らにとって父親こそが最も金にがめつい男だと知っていたからだ。
そして父親もまたそのことをよく理解していたからこそ、歩きながら二人に語る。
「いいかよく聞けデリット、バラッジ。何もあの場で全部を手に入れる必要は無いんだ。要は最終的にあの猫が持ってる虹金貨を全て手に入れればそれでいい」
「なっ!?」
「ククク、なぁに簡単なことだろう。冒険者をけしかけてあの猫どもを封印の地から追い出すのだ。そしてどさくさに紛れてあの袋を奪う。そうすりゃ儂らは大儲けできるってぇ寸法よぉ!」
「おぉさすが親父、賢いぜぇ!」
「誰も魔物と交渉なんざ出来るとは思うまい。なら後は適当に誤魔化しときゃいい。落ちてたモンを拾ったとかなぁ!」
こう巧みに語る父親の顔はもはや悪人そのもの。
しかも相手が魔物だからと悪びれる様子も一切ない。
――いや、彼らは元よりこうなのだ。
働く必要の無い家系に生まれ、それに甘んじて育ったからこそ思考が働き者の一般人とは全く異なる。
彼らは根っから搾取する側の思考しか持ち合わせていないのである。
しかも彼らは家族を欺くことですら厭わない。
「それと、お前たちには念を押して言っとくが、今の交渉の件は
「な、なんでだよ?」
「あの馬鹿どもは儂らを置いて逃げやがった。なら分け前を渡す必要はねぇ!」
「そ、そりゃそうだな」
「だからこの件が済んだらウリッケの奴に家督を渡して村を出るんだ。例えばそう、首都に移り住めばいい。なんたって虹金貨が最低三枚だからな、儂らが遊んで暮らすなんざ訳もねぇ!」
「おおっ!」
「そういやウリッケの奴、長男の俺様に家督を継がれるを嫌がってたな」
「そうだ。だからそのことを逆手に取ってお前から譲れ。そうすりゃ必ず食い付く。ヘリックの野郎も村に女がいるから残るだろうよ」
「んで俺らは親父についていけばいいってことか。さっすが親父だぜ!」
「クハハハッ! だがまだ終わっちゃいねぇんだ、最後まで気を抜くなよぉ!?」
父親の中ではもうすでに計画は出来上がっていた。
子どもですら出し抜くことに抵抗は無い。
もっとも、彼らを置いて逃げた二人にとっては自業自得なのだが。
そんなあくどい計画を立てた三人が村まで戻ってくる。
すると村中が騒ぎになっていることにすぐ気が付いた。
「えっ、ジレンさん!? ご無事だったのですか!?」
しかも父親たちが戻って来た矢先、門番たちが驚きを見せる。
まるで幽霊を見たかのような驚愕っぷりだ。
「何があった?」
「何ってそりゃ、ジレンさんたちが魔物に食われたって大騒ぎですよ!」
「はぁ!?」
さすがの父親たちもこの妙な話にはびっくりだ。
こんな事態になっているとは予想もしていなかったらしい。
「一体誰がそんなことを吹聴したあ!?」
「ウリッケさんとヘリックさんですよ! 二人が大急ぎで戻ってきて、喋る魔物の一味が三人を殺したって!」
「んなっ!?」
「そんなの本当にいる訳ないとは思っていたんですが、二人の形相を見たら嘘とも思えなくて……」
門番は神妙な面持ちで二人に語っている。
その様子から冗談でも芝居でもないとは父親たちもすぐに気付いた。
「ですから先ほど国軍への要請の伝文を送りました。封印の地を魔物どもに占拠されていたなんて話も伺いましたからね」
「お、おう……」
「聞けばハーピーもいたって話じゃないですか。つまり向こうの山にいたはずの奴らの群れが封印の地まで来たってことでしょう? なら早急に排除しておかないといけませんし」
「そ、そうだな……」
(な、なんだか事態が妙に大きくなっちまってるぞ……?)
続く門番の話に、父親たちが僅かな動揺を見せる。
彼らもまさか国軍を動かす羽目になるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「ま、まぁいい。儂らはこうして生きてはいるが、確かに魔物が巣食っていたのは事実! そ、そのためにも国軍には魔物を排除してもらわんとなぁ!」
「ですね! これで聖地が平和になってくれることを祈っていますよ」
(ま、まぁええか、やることは変わらんしな)
父親は兄弟二人に無言で頷くと、二人も察したようで頷きで返す。
三人は傍観を決めることにしたのだ。
国軍が来るならば彼らにネルルたちの排除を任せればいいのだと。
こうして彼らは家へと帰還を果たす。
しかしその後、次男と三男への罵倒が家から響いたのは言うまでもない。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
一方その頃、パピはというと。
「くそっ、くそっ! 姉御なんて、姉御なんてえ!」
「……姉御、なんて……」
彼女は今、空を舞いながらも怒りを撒き散らしていた。
しかしその後は徐々に怒りのトーンを落とし、ついには悲しい目を浮かべていて。
「ボクは、悪くない。悪くない……はずなのに、なんでこんな苦しいの?」
そんな目からは涙が零れ、空に消えていく。
それでもギリリと歯を食いしばるが、後悔が涙を次々と押し出させて収まらない。
「あ、ああ、涙が止まらないっ! 拭きたくても拭けないのにぃ~~~!」
とうとう嗚咽まで零しながら空を舞うパピ。
既に翼で仰ぐことすら忘れ、風に流されていくばかりだ。
でもそれがまるで、彼女をネルルの元へと押し返していくように感じていて。
「……そう、そうだよね。もう帰ろう、そして姉御に謝るんだ。そうしたら許してくれるかな? また一緒にいてくれるって、言ってくれるかな……?」
本当は最初からずっとそうしたかった。
ただそう思いたくなかったから飛び出してここまで来てしまった。
だからだろう。気持ちが途端に安らいでいく。
やっと自分の気持ちに素直となれたから。
そんな顔には微笑みが浮かんでいた。
まるで風に撫でられて喜んでいるかのように。
「おっ、役立たずの小童やないかい!」
「えっ!?」
だがそんな余韻に浸かる間もなく粗暴な声がパピへと届く。
それで気付いたパピが咄嗟に振り向くと、彼女と同じような姿のハーピーが並走していた。
「あ、せ、先輩……?」
「まぁお前でもええわ。ついてきぃ、カチコミかますで」
「え、ええ!?」
「羽頂天組の勢力拡大や! クソ狼どものシマ獲りに行くぞぉ!」
「なあっ!?」
「過去のことは風に流したるさかい、今度こそ役立てやぁ。手柄立てりゃまた組員に推薦したるわ」
「あ、は、はい……」
パピはもう言われるがままだった。
元より強い立場の者には逆らえない性格で、その強さも組員時代の時からわからされ続けてきていた。
だからこそ彼女ははっきりと理解しているのだ。
この先輩にまた逆らえば、もう次に命は無いのだと。
故にパピは先輩に言われるがままついていくしかなかった。
後ろ髪を引かれるが如く、ネルルたちの住処の方へと向きながらに。
こうしてネルルの知らない所で事態はどんどんと大きく膨れ上がっていく。
人間側では国軍が、魔物側では魔鳥一族が動き始めることによって。
そしてもう一つ、この国の首都にて更なる展開が起きようとしていた。
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