第11話 これは遥か昔の物語

 それはかつて二百年前、越界大戦が勃発する直前のこと。

 わたくしは普通の、ただし身寄り不明の孤児として孤児院で育てられました。

 親無しと貶されること以外、とても平穏な毎日だったと今でも覚えています。


 そんなわたくしが聖女として目覚めたのは十四歳の時。

 夢の中に至高神オーヴェル様が現れ、覚醒の契機を与えて下さいました。


 そうして聖女に目覚めたわたくしには容姿すら変わるほどの変化が訪れます。

 黒かった髪は金色に。

 荒れていた肌は白く艶やかに。

 そして微塵も有していなかった聖力が溢れんばかりに。


 最初は孤児院の院長たちも驚いていたものでした。

 しかし数日後、啓示を受け取ったことを知ったオーヴェロン聖教の者が訪れ、わたくしが聖女として覚醒したことを教えて頂いたのです。


 丁度その頃より、魔族がこの世界へと侵攻を開始していました。

 そう、越界大戦の始まりです。


 当初、人類は劣勢でした。

 圧倒的な力を誇る魔族たちにどの国も敗北の辛酸を舐めさせられ続けていて。


 ですがわたくしが聖女としての力を発揮した時、戦況は大きく変わります。

 たとえ戦い慣れていなくとも神の如き聖力が魔族を退け、近づけさせません。

 よってその力で何度も魔族を撃退し続け、同時に彼等の戦力をも奪いました。


 しかも長い年月をかけてわたくし自身もが力を高めます。

 時には冒険者と共に歩んで。

 自身も冒険者の真似事をして多くを学んで。

 世界を練り歩きつつ魔族を片っ端から消し去っていきました。


 そうして気付けばはや九年。

 わたくしは世界の人々に「聖滅の乙女」として崇められるようになっていたのです。


 その頃、もう魔族はほとんどの数を失っていました。

 わたくしが各所に点在していた異界との扉を閉じ続けたから。


 それに慣れてきたのもあって、その時にはもう一人で戦い続けていたものです。

 単に、同伴者が傷付いてしまうことを恐れたが故に。


 ただ、その一人旅が逆に人々への不信を招く結果ともなりました。

「聖滅の乙女は一人でいったい何をしているのか」という疑念を産んだのです。

 中にはこんな噂話まで広まっていたこともありましたね。


 聖滅の乙女は魔族と結託して救世主を演出している、と。


 それでもめげずにわたくしは魔族を退け続けました。

 その末に齢二四にして世界中で暴虐を尽くした大魔勲五七衆を全て倒すことが出来たのです。

 もちろん扉の封印も全て行いました。


 こうして神より与えられし使命を全うし、長い長い旅路がようやく終わりました。

 凱旋帰還です。




 ですが故郷へ帰ったわたくしを待っていたのは、投獄生活でした。

 帰るや否や捕縛され、言い得ないほどの酷い拷問までをも受けたのです。




 そしてある日、ついにその時がやってきます。


「これより、聖滅の乙女ネルル=エリス=ティエラへ断罪を執り行う!」


 処刑の始まりはこの一声から。

 教皇自らが聖剣を手に、民衆からの声援を受けて歩み寄ってきました。

 民衆も冤罪であることを知らないまま歓喜の声を上げていたものです。


「こやつの罪の一つ、神の子・聖女を騙り大衆を惑わせたこと!」


 そう率先して広めたのは彼らオーヴェロン聖教でしたね。


「二つ、魔族と共謀して大戦を演出、人類を欺いたこと!」


 魔族との戦いをわたくし一人に託したのはどなただったか。


「三つ、魔族の因子を無視し、魔物という害悪を世に放ったこと!」


 魔族の後処理は任せろ、と聖教の方々が豪語していたはずですが。


「そして見よ、この体に刻まれた忌まわしい呪いの紋様の数々! これこそ魔族との繋がりがある証拠! 奴らのおぞましい力が溢れんばかりだ!」


 確かに呪いは受けていましたが、聖力の効果でほぼ機能していませんでしたね。


「これだけではない。齢二四でありながらも数知れぬ悪行ばかりを重ねてきた! いずれも聞くに堪えない所業ばかりである! それを人はどうして許せようか!?」


「「「許せない!」」」

「「「鉄槌を下せ!」」」

「「「くたばれ悪女め!」」」


「そしてこの声こそが民意である! わかったか外道ネルルよ、お前の下卑た救いを求める者など誰一人として居ないということが!」


 さらには教皇が左腕を掲げて声を荒げ、集まった者たちの高揚を煽る。

 なんという道化っぷりでしょうか。


「ではネルルよ、最期に何か言い残すことはあるか?」


 加えて暴行を行ってきた教皇本人に見下されれば跼蹐きょくせきもいたします。

 そんなひれ伏したわたくしを眺める教皇にはニタりとした卑しい笑みが。


 彼も冤罪だと知っていたのでしょう。

 しかし主導していたのはきっと、わたくしの死には彼にとって意味があったから。

 大方おおかた、彼が隠匿した罪を擦り付けようとでもしたのでしょうね。


 他の傍観していたオーヴェロン教の信者も同様です。

 誰一人として止めようとする者はいませんでした。


「ではここまでだ逆賊ネルルよ。偉大なる大神オーヴェルの命の下、貴様をワシ自らが手を下そう。かの神の血を受けて鍛え上げられたこの聖剣でな」


 こんな言葉を前に吐き気すら催したものです。

 その邪悪さを持ちながらオーヴェル様の名を語ったのですから。


「これこそが大神オーヴェルの望み! それすら知らぬ底辺の小娘如きが神の遣いなどと騙ったことを後悔するがよいわっ!」


 今までもこう偽って民衆を騙していたのだと、この時初めて気付きました。

 民衆もまた自ら考えずにこの言葉を受け入れていたのでしょう。


 そうして成り立ったこの大聖教国オーヴェロンもまた芯まで汚れきっていたのかもしれません。


「断罪、執行ッ!――」


 そう悟った時、自然と首を降ろして目を瞑っていました。

 教皇が剣を構えた以上、もう成す術は無いとわかってしまったから。


 その間も無く、空を裂く音と共に首筋へと鈍い感覚が走ります。


 すると次の瞬間にはもう霊体として自分自身を見下ろしていました。


 地べたには赤い血に塗られた動かぬ肉体が。

 その傍らには高らかにあざ笑う教皇が。

 周辺では雄叫びを上げる教団の人間や民衆の姿も。


 ですが。


「お、おい、あれはなんだ!?」

「なんだあの空に浮いた光は!?」


「あ、あれは、ま、まさか……ッ!?」


 途端に全員がわたくしの魂に気付き、慌てて見上げてきていました。


 それもそのはず。

 わたくしが聖女であることは事実であり、魂にも強い聖力が込められているから。

 あまりに強大であるが故に視認することも出来たのでしょう。


 そして。


「光が、小さくなっていく?」

「ははは、奴が消えていくぞ、ふはははは!」


 それなのにこう勘違いする教皇が滑稽でなりませんでした。


 この現象は場の悪意に包まれたがために聖なる魂が圧迫されたもの。

 なれば力もまたこれ以上無く集約され、いずれ収縮の限界が訪れましょう。


「「「ヒッ!?――」」」


 その末に膨大な聖力が反発し、ついに弾けました。

 聖滅の輝きが周囲を、この国全土を一瞬にして覆い尽くしたのです。


 なれば光に包まれた邪悪な魂は浄化され尽くし、肉体ごと消え去るでしょう。

 教皇も、教団関係者も、彼らに従った民衆も、血塗られた伝説の聖剣さえも。

 耐えられるのは神が認めるほどに清い心を持った者のみ。


 これが彼等の選択した結末、盲信の終焉エンドオブクルーディ

 神さえも止めることの適わない、人自身が選んだ運命でした。




 こうしてかつて栄華を極めた大国、大聖教国オーヴェロンは消滅。

 その原因とされたわたくしは世界中で「悪逆の魔女」と呼ばれるようになったそうです。

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