第10話 お友達が増えました!

 ザバンとの戦いから翌日。

 天気は見事な晴れ。とても気持ちの良い朝の到来です。 


「おっはよーネルルちゃん! すっかり元気になったよー!」


 それで朝食の準備をしていたらミネッタさんが元気よく起床してまいりました。

 先日の夜のことには全く気付いていなさそうなので助かります。


「あれ、なんでチッパー君は外で寝てるの?」


「い、いやぁ……外の空気を感じながら寝たかったのでしょう」


 しかしミネッタさんのイビキがうるさかったなんてとても言えません。

 そのせいでチッパーさんが外で寝るハメになったなんてことも。


 おかげで消音術も今朝まで維持することになりましたし。

 ですのでわたくし、ちょっと寝不足です。ふわぁ~~~……。


「でもさ、なんか凄く空気が澄み切っている気がするね。なんだか清々しいっていうか」


 おや、ミネッタさんが場に漂う聖力に気が付いたようです。

 割と勘の強い方でもあるのかもしれませんね。


「山の早朝というのはこういうものですよ。自然の香りが満ち溢れる時間帯ですからねぇ」


「ふーん」


 ですがここはちょっとだけ別の真実で誤魔化しておきましょう。

 寝ている間に越界大戦の続きが行われた、だなんて口が裂けても言えませんし。


「さて、朝食も先日と同じお肉で申し訳ありませんが我慢してください。せめてサンドイッチくらいは用意して差し上げたかったのですが、なにせ未だ肉以外の食材を得る算段が立っていないものでして……」


「ああ~いいよ気にしないで」


「うーん、スローライフを送るにはまだまだ発展度合が足りませんね……」


 食材どころか料理を盛るお皿すらありませんからねぇ。

 カマドまで造ったのですから、そろそろ次のステップに移りたい所です。

 お皿なら陶芸とかいいかもしれませんねぇ、やったこと無いですが。


 そんなことを思いつつ談笑。

 そうして気付けば時間も過ぎ、完全な朝を迎えました。


 ミネッタさん帰還のお時間です。


「ネルルちゃん、あとチッパー君にグモン君、助けてくれてどうもありがとう」


「いえいえ、無事で良かったです。二人にもそう伝えておきますね」


「うん、感謝してもしきれないよ。いつか絶対お礼しに来るから!」


 準備も万端、といっても荷物は落としてしまったらしいのでほぼ手ぶらです。

 しかし降りるだけですし、魔狼たちの気配もこの一帯から消えましたから心配はいらないでしょう。


「……で、それはいいとしてアレどう思う?」


 だなんて思っていたのですが、ミネッタさんに指を差されて初めて気付きました。

 森の方から木陰に隠れてこちらを睨む存在に。


 でも体が大き過ぎて、下半身が幹の反対側からモロはみ出ています。

 隠れているつもりなのでしょうがもうバレバレですね。

 それでも気付かなかったわたくしも大概ですけど。


「あの青い毛並み、間違いなくブルーイッシュウルフだよね」


「か、監視なのでしょうか?」


 うーん、もう監視する必要は無いと思うのですが。

 

 でもなんだか魔物特有の殺意みたいなピリピリとした雰囲気を感じません。

 だから気付けなかったのでしょう。


 そこでふと干し肉の欠片を取り、彼の前にヒョイッと投げてみます。

 するとすぐに気付き、もう遠慮なくトコトコ出てきてパクッと咥えてしまいました。


 それでもってまるで催促するかのようにペタンと座り、尻尾もビュンビュンです。


「間違い無いわ。あれはまさしく野生を忘れたブルーイッシュウルフ」


「まだ野生なのに……」


「だって見て? あの気の抜けたような顔付き。潰れ顔みたいにも見えるもの」


「言われて見れば確かに。まるで餅に絵を描いたような顔をしていますね。目もなんだかツブラですし」


「なら彼はツブレ君ね!」


 ミネッタさん、実にアグレッシブです。

 正体もわからない相手に名前まで付けちゃうなんて。


 しかしあの体格、どこかで……。


 そう思いつつシュッともう一投すると、今度はしっかり口でキャッチしました。

 もう尻尾が土煙を立たせてしまうほどに暴れまくっています。

 警戒心皆無ですね!


「貴方はいったい何者ですか?」


「っ!?」


 そこで思い切って魔物の言葉で話しかけてみました。

 すると彼はビックリしたかのように口をぱっくり。


「オ、オラな、気付いたらその辺りにいただよ」


「昨日のことは覚えていないのですか?」


「昨日? さっぱりわかんねぇだ。オラが今まで何してたかも覚えてさいねぇ」


 ……まさか彼、ザバンに肉体を乗っ取られていた頭領の方?

 確かに体格は狼の時とそっくりですし。


「前は周りに仲間居た気がする。でももうどこにもいねぇ。オラどうしたらいいかわからねぇだよ」


 ただ、魔力はすっかり抜けているようです。

 むしろなんだか少し聖力すら感じますね。

 わたくしの攻撃を受けて浄化され、かつ消滅しきらなかった結果でしょうか?


「でしたらわたくしたちと一緒に暮らしますか?」


「お、おいネルル!? それマジで言ってるのか!?」


「ええ、彼からは悪い感じがしませんし。それならお友達になっても良いでしょう?」


「ま、まぁ確かにな……」


「受け入れてもらえてオラ嬉しいだよー。いつも体が大きいばかりの愚図だってイジメられてばかりだったからナー」


 なるほど、その劣等感をザバンに突かれたのでしょうね。

 元々体も大きいから受け皿としても素質があったのかもしれません。


 でもそのザバンはもういない。

 ですから再びあのおぞましい姿に戻ることはきっともう無いでしょう。


「でしたらお友達の第一歩として、この人間のミネッタさんを村まで送り届けて頂けませんか?」


「いいよー。なんかその人間いい匂いがするしナー」


 だったらもうこんな無茶を頼んでも平気なはず。

 なんとなく、彼からはチッパーさんにも通じる雰囲気を感じますから。


「ミネッタさん、彼が村まで送り届けてくれるそうです。でも心配しないでください、彼は無害だとわたくしが保証しますので」


「ネルルちゃんがそう言うなら信じるよ!」


 ミネッタさんにも魔物に好かれる素質があります。

 彼女も乗り気だし何も支障は無いでしょう。


 そうなると残るはミネッタさん側の問題だけですね。


「ただし、お礼に関しては遠慮させてください」


「えっ? なんで?」


「人間と魔物が関係を持つことはあまり好ましくありません。要らぬ誤解を生みますから。ですからどうかここでのことは忘れ、人としての人生を歩んでほしいのです」


 ここでわたくしたちが平穏に暮らすためにも、彼女には黙っていて欲しい。

 お互いのためにもそう願わずにはいられません。


 そんな願いを密かに託し、ミネッタさんを大手を振って見送りました。

 人の良い彼女のことですからきっと悪いようにはしないでしょう。


「しっかし、随分と思い切ったことを頼んだなぁ。俺にゃあまだミネッタの身が心配でならねぇよ」


「ツブレさんならなんとなく平気だって気がしたので……。相談も無しにすみません」


「ま、無事に帰れりゃそれでいいさ。でも関係を断っちまうなんて本当にいいのかよ? あんなイイ人間、他にはいねぇぞ?」


「ええ、いいのですよ、これで……」


 そう、これが最善の形なのです。

 これ以上彼ら人間とは関わらない方がいい。


 でなければ、いつかわたくしが聖滅の乙女だったということにも気付かれるかもしれませんから。


 聖滅の乙女。

 呪われし聖女。

 そして神の遣いを偽る悪逆の魔女。


 そう呼ばれた末に同族である人間の手によって葬られた。

 そんな忌まわしき時代のわたくしのことはもう、誰にも知られたくはないですから。

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