バーチャル美少年ダンジョンチューバー ~男が希少すぎる世界で、男装女子と言い張ってダンジョン配信します~
ウスバー
プロローグ
わたしが「そのチャンネル」を見つけたのは、ほんの偶然だった。
いつもの日課でぼんやりとダンジョン配信の告知板を眺めていると、そこに一つ、異彩を放っている告知を見つけたのだ。
「――バ、バーチャル美少年ダンジョンチューバー?」
あまりにもパワーワードすぎる文字列に、わたしは思わず首を傾げた。
まず、どう考えても「美少年ダンジョンチューバー」なんて存在が成立するはずがない。
それは自分で「美」少年を名乗るなんて自信過剰、とかそういう話ではなく、まず「男性のダンジョン配信者」というのがありえない。
男性は魔力に対する抵抗力が低いため、魔力にあふれるダンジョンの探索は禁止されているからだ。
(そもそも、だから男の人が少なくなっちゃったんだよね)
今では信じられない話だけれど、数十年前の魔力浸蝕――世界に魔力があふれ、ダンジョンやらジョブやらが出てくるまでは、日本の男女比はほぼ1対1だったらしい。
しかし、溢れ出した魔力による中毒や無理なダンジョン探索で、男性の数は一気に減少。
また、種の生存本能なのかなんなのか、そこから出生率も魔力に耐性のある女性に偏り始め、今では男女比は1対10を優に超えているらしい。
もし仮に、万が一ダンジョンに潜るような物好きな男性がいたとしても、ダンジョンは厳しく管理されている。
配信なんて始めようものなら、いや、配信なんてしなくたって、すぐにダンジョン管理局に見つかって連れ戻されてしまうだろう。
(まさか、本当に男の人がダンジョン配信やるなんてことはない……と思うけど)
興味を惹かれたわたしは、自然とその告知をタップして、配信者のページを表示させていた。
†ライ† バーチャル美少年ダンチューバー
――――――――――
【概要】
世界でただ一人の男性ダンジョン攻略者。
男ながらダンジョンへの憧れが抑えきれず
最強の剣士を目指してダンジョン探索中。
もちろんバレたら止められちゃうので
本名や個人情報については秘密。
探索者としてはまだまだ駆け出しなので
温かく見守ってくれると嬉しいです!
……という設定で配信をしています。
なので、配信では「どうせ中身は女でしょ」
「こんなダンジョン存在しねえから」などの
夢を壊す発言はNGでお願いします!
――――――――――
「……なるほど、なりきり系かぁ」
世の中には女性が男性になりきって、理想の男性を演じる、いわゆる「男性なりきり系配信者」と呼ばれる人たちがいることは知っていた。
(あ、そっか。だから「バーチャル美少年」なんだ)
バーチャルというのはあまり聞かない言葉だけれど、昔、ネットでもっと色々出来た時代に、ネット世界にだけ存在するもののことをそう呼んだ、みたいなうろ覚えの知識があった。
この場合は、「配信の世界にだけ存在する、ニセモノの美少年」ということになるんだろうか。
(……あ、今日が初配信なんだ)
前になりきり系の人の配信を見たことはあるけれど、どうしても抜けきれない「男を演じている」感が痛々しく感じてしまって、すぐにやめてしまった。
ジャンル的には興味はない、んだけど……。
(初めからなりきりだって言い切ってるのは、なんだか潔くていいかも)
開始時間はもうすぐだ。
せっかくだから見ていこうかと、わたしは自分のステータスカードを操作して、配信のチャンネルを開いた。
待機画面も何もない、真っ暗な画面が、まさに初配信、といった感じがする。
ただ、「バーチャル美少年ダンチューバー」という肩書きのインパクトからか、待機人数はそれなりに多めだ。
ベッドに横になり、コメント入力を音声に切り替えて準備完了。
足をゆらゆらさせながら待っていると、やがて画面が切り替わった。
そして、画面にその姿が映った瞬間に、
「エッッッッッッ!!」
わたしは思わず声を上げそうになって、慌てて口を押さえた。
(ちょっ!? 完成度高すぎでしょ!!)
はっきり言って、完全に舐めていた。
今までの「作られた男性」とは違う、自然に立っているだけなのに、骨格や姿勢から素直に「この人って男だ」と思ってしまう立ち姿。
年は高校生か、もしくは大学生くらいだろうか。
美少年という触れ込みに負けない程度には整っているけれど、どこか精悍さも感じさせる顔立ち。
うん、まあ、あれだ。
(正直、もう推せる!!)
ただ、その完成度の一方で、本当に配信には慣れていないのだろう。
配信が始まったことにも気付いていないようで、配信が始まってからも何も言わず、キョロキョロと周りを見回している。
その様子になんだか毒気を抜かれ、同時に「わたしが守護らねばならぬ」という謎の使命感に襲われ、
「配信、始まってますよ」
とカードに向かって声をかけていた。
デバイスが音声入力でそれを読み取り、わずかなラグのあと、
ミミコ:配信、始まってますよ
配信画面に、わたしのコメントが表示された。
すると、画面の中の少年が微笑んで、
「――あぁ、ありがとう」
声を聴いた瞬間、意識が飛んだ。
「……はっ!?」
我に返ったのは、数十秒ほど時間が経ったあとだろうか。
(や、や、やばっ! これ、やばいっ!)
女性には出せない……とは言わないけれど、希少な、お腹に響くような低い声。
それが照れたような笑顔と共に、しかも「わたし」に向かって繰り出されたことによって、勝手に脳が震えて昇天してしまった。
ぼんやりとする視界の中で、「彼」が自己紹介を始めていた。
「あらためて、みなさんはじめまして。バーチャルび……ダンジョンチューバーの、ライです」
美少年、と言いかけて言えなかったところさえ、なんだか可愛らしく思える。
自分でもすっかりやられているなぁと思いながらも、コメント欄を見ると似たような反応が多くて、なんだか安心する。
(だよねだよね! こんなの推すしかないよね!!)
ニヨニヨと眺めていると、目の前の「彼」、ライくんが視線を奥に向けながら、ごまかすように言った。
「か、活動内容としては、ここ、バーチャル魔王城の攻略をしていきたいと思います!」
わたしは色ぼけた頭で彼の背後に視線を巡らし、気付いた。
「………………え?」
画面に映る背景、ダンジョンの様子が、今まで見たどのダンジョンとも似ていない。
(あり、えない!)
ぞわっと、背筋が震える。
ピンク色に染まっていた頭に、一気に冷や水が浴びせられたような心地がした。
日本中のダンジョンは、何かしらの配信で晒されているし、わたしはかなりダンジョンには詳しい方だと自負している。
なのに、そこに映った風景には、まるで既視感すら感じない。
これは明らかな異常事態だ。
そのおかしさに気付いたのか、コメント欄が、一斉に悲鳴のように大量のコメントを流し始める。
しかし……。
「あはは。あんまり、深く考えなくても大丈夫ですよ。だって――」
画面の中の少年は、不敵に笑った。
「――これは全部、
その言葉に、すさまじい速度で流れていたコメントが、一瞬止まる。
この映像が本物だ、と言われたら、きっとコメント欄は紛糾し、さらに追及をしていただろう。
でも、そもそも自分から「これはニセモノだ」と言っている人間を相手に、何をどう追及すればいいのだろう。
(で、でも、ほんとにこれって、バーチャル、なの?)
魔法システムによって配信がなされる現代において、配信画面をいじる方法は存在しないと言われている。
でも、もしかするとそんな方法が実在していて、「彼」はそれを利用しているのかもしれない。
それともこれらは全て本当の光景で、本物の男性が、未知のダンジョンで配信をしているのかもしれない。
分からない。
わたしには、全く何も分からない、けど……。
「――ワクワク、してきた!」
この人は、きっとわたしに、今までに見たことのない景色を、見せてくれる。
そんな確信と共に、わたしの指は引き寄せられるようにチャンネル登録ボタンに伸びていたのだった。
―――――――――――――――――――――
伝説の始まり!
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