隣の席の銀髪巨乳吸血姫に懐かれたのですが、腹黒幼馴染とツンデレ妹までデレはじめました
神宮 筮
1. 月と少女とすべり台
白状すると、僕はラブコメの主人公になりたい。運命という名の都合のいい偶然に見舞われたい。
正直、高校生になればラブコメっぽいことの一つや二つ、当然のように起こると思っていた。しかし現実はというと、凪。あまりにも凪。平凡な日常すぎて、逆に夢じゃね? と思うほどに凪。凪のまま高二の夏を終えようとしていた。
今日は8月31日。通称──"
しかも、すでに時刻は深夜0時を回っている。
なのに僕は寝るどころか、閑散とした住宅街を目的もなく彷徨っていた。
眠れない理由は二つある。一つは生活習慣がズレているから。もう一つは、ただ過ぎ去っていく夏への未練が、僕の心から明日を迎える覚悟を奪っているからだ。要するに現実逃避ってやつ。
いや、ここはポジティブに考えよう。
行動とは可能性の源泉だ。宝くじが買わなければ当たらないのと一緒で、家で寝てたって何も起こらない。そう、つまり散歩をすることによって運命と出くわす可能性を高めているのだ。それに、ある哲学者が唱えたように"すべては最善である"とするならば、僕がこうして散歩しているのにも何か意味があるはずだ。
うん、実にポジティブだ。我ながら感心する。僕は自分を慰める能力においては誰にも負けない自信がある。言わば自己肯定グランドマスター。言い訳界のGGバイロンだ。誇れるか誇れないかで言えばギリ誇れないけど。ギリね。
しばらく歩いたところで、普段訪れることのない小さな公園に行き着いた。小学生の頃、よく遊びに来ていた公園だ。
ジャングルジム、鉄棒、すべり台、シーソー、砂場、名前の分からない前後に揺れる動物型の
見てたら昔を思い出してなんだか懐かしい気持ちになった。だからそう、少し寄ってみようと思ったんだ。
公園に入り、奥のベンチへと向かう。
頭上には綺麗な満月が浮かんでいる。
導かれた気分だ。いや、導かれたのかも。
──だってそれは、あまりにも都合のいい偶然だったのだから。
「うわぁっ!!」
すべり台の横を通り過ぎようとした時、レーンの上に人が倒れているのに気づいた。
僕の間抜けな叫び声にも反応がないということは、おそらく寝ているか、もしくは死んでいるか。頼むから前者であってくれ。でなければトラウマで二度とすべり台で遊べなくなってしまう! 別にいいけど!
ちゃんと確認すると、それはワンピースを着た女の子だった。
腰までありそうな長い銀髪が、あえかな月の光を湖のように反射してキラキラと輝いている。白い肌も相まってまるで良くできた人形みたいだ。
同年代の女子達に比べ明らかに発育のいい胸部の膨らみが、静かな呼吸に合わせて上下に揺れている。良かった、生きてはいるようだ。
……さて、どうしたものか。
流石に深夜の公園に女の子を放っておくわけにもいかない。とりあえず起こした方がいいだろう。
勝手に触れることに若干の抵抗感を覚えつつも、肩を掴んでゆすってみる。
「ん……」
すると、少女の長い睫毛がぴくりと動き、ゆっくりと瞼が持ち上がった。
僕はすっと手を引っ込め、くい気味に「だっ、大丈夫ですか?」と声をかける。自分は不審者ではないという懸命なアピールだ。少しだけ自分が情けなくなる。こんな時でもどっしりと構えてられる度量が欲しい。
少女と目が合う。眠たげなその瞳は炎を閉じ込めたように赤々と輝いていた。
数瞬後、少女がぽつりと言った。
「……だれ?」
「エミネムです」
「……そう」
実名を明かすのを躊躇って、思わず適当な嘘をついてしまった。しかし少女はどうでも良さそうに僕から視線を外し、周囲を見渡した。存外落ち着いている様子だ。
それにしてもこの状況。
月明かりの下で、こんなにも神秘的な雰囲気を纏う少女と出会えるなんて、まるでラノベのプロローグみたいじゃないか。そう思うと何か期待感のようなものが湧いてくる。
うおぉーっ、どうかこの出会いが運命でありますように!
「キミは、いったい……」
このセリフ、一度言ってみたかったんだよね。
ボーイミーツガールによくあるやつ。『いったい……』を呟くように言うのがコツだ。
「ん」
少女は僕の問いには答えず、代わりに右手を差し出した。
立たせて欲しいって、ことだよな?
変わった子だ。初対面のはずなのにまるで警戒心がない。とにかく僕はその手を掴み、少女を立ち上がらせる。粉雪のように白い少女の手は、意外なほど暖かかった。
しかしまぁ、なんてことだろう。
あろうことか少女は立ち上がると同時に、僕に抱きついてきた。僕はこの瞬間、運命を確信した。ラブコメを確信した。すべては最善であると、確信した。
胸にあたる柔らかな感触。ほんのりとした甘い香り。首筋に走るチクッとした痛み……痛み?
「あの、なにして……?」
少女は答えない。ただ抱きついたまま離れようとしない。
──って噛んでる噛んでるっ!
「ちょっ、痛いんすけど! 一旦離れてくださ……い……っ」
急に、意識が遠のいた。
徐々に視界が暗くなって、全身から力が抜けていく。
嘘だろ……せっかくラブコメが始まりそうな予感がしたのに、これでは物語の冒頭で死ぬモブキャラみたいじゃないか。まだおっぱいも揉んでないのに。
「ふぅ、ごちそうさま。いやーこんな美味しい血は初めてだよ……ってあれ?」
穏やかで透き通るような少女の声音が、優しく脳裏に溶けていく。
「おーい、エミネムくーん。……あらら、ちょっと吸いすぎちゃったかな。ごめんね」
意識を失う寸前、僕は祈った。祈るしかなかった。
どうか、すべてが最善でありますように──
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