街を往く

駄文

まちをゆく

 酔った後輩がこんなことを言う。

「なんでみんな東京に行かないのかわからないです。東京の方が給料も高くて、世界中にアクセスしやすくて、面白いお店がいっぱいあるのに」

 後輩が言うには、日本中の人々みんなが東京に住んで、地方の農業工業はAI化を進めれば良いとのことだ。

 続けてこうも言う。

「自然なんて、東京からちょっと出た関東にいくらでもありますよ。別に地方のメリットにはなりません。物価も、地方と東京とで、そんなに変わらないですし、東京に来て給料が上がればどっこいどっこいくらいだと思いますよ。親がどうこうとか言うなら、親も一緒に引っ越せばいいんですよ。」

 後輩は酔っているものだから、多少の暴言には目を瞑ってあげてほしい。つまりは、彼は、衰退する地方を憂い、それならばいっその事、都心に一極集中させた方が合理的だと主張したいのだ。

「先輩みたいに、東京よりもこっちのが住みやすいって言う人はごく少数ですよ。なんでみんな東京に移住しないんだろうなあ」

 そう言って、ジョッキ半分余りの残りのビールをぐびぐびと飲み干した。

 私はこの後、彼に彼の住む町の面白さについて語ったが、誠に残念なことに、理解は得られなかった。

 このエピソードが、私にこうして筆を取るきっかけを与えてくれたものだから、なんとも生意気な後輩ではあるが、兎にも角にも感謝したいと思う。

 私は生まれも育ちも東京で、高校卒業後、大学で初めて地方で一人暮らしをすることになった。今から5、6年も前のことである。一方前出の後輩は、大学までずっと地元で、縁あって数年前から東京に住むことになった。元々、東京への憧れか、月に一度は東京へ遊びに出る生活をしていたことは知っていたが、そこまで東京に陶酔しているとは思わなかった。

 東京から逃げるようにこちらへ来た私にはどうにも理解し得ない感覚だが、地方出身に同期と話すと、やはり東京という地は特別面白い場所と思われているようだ。確かにその価値観は否定しないし、東京が便利な街であることに異論はない。日々新しいお店ができ、新しいトレンドが生まれ、新しい行列が生まれる。常に新鮮な風が流れている。こればかりは東京に勝る都市は他にないだろう。合理という面だけならば、後輩の言う未来は一理あるのかも知れない。

 しかし、“面白さ”という評価軸で考えると、本当に面白いのは東京だけだろうか。例えば、ここまで律儀にお読みいただいたあなたは、近所半径5キロ以内のお店をどれだけ把握し、どれだけ来訪したことがあるだろうか。向かいのお家に生えている木の種類はご存知だろうか。卵が一番安く買えるスーパーや、住宅地にひっそり佇む喫茶店を探したことはあるだろうか。あなたが思う以上に、実はあなたの住むまちは未知に満ちていると、私は断言できる。

 東京に限らず、まちにはそれぞれ良さが必ずある。残念ながら新陳代謝の激しい東京では味わう暇もないが、私の住むまちは、緩やかに衰退しつつもあるが、しゃぶり尽くすにはまだ時間がかかるくらいには十分な規模がある。

 本エッセイは、そんなあらゆる“まち”の良さをゆるゆると、徒然なるままに記載しようという目的のもと書かれているわけである。少しでも多くの人に、まちの面白さが伝わり、いずれ私の後輩にも、わかってもらえる日が来ることを心より願うばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

街を往く 駄文 @dbnsan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ