第56話 決戦前夜

「力分さんというのはどうやって倒すのでしょうか?」


 未だ慣れない雰囲気が良くわかる敬語口調で語る美琳へ、龍環が口を開いた。


「ここはやはり桃玉と桃婆さんの力が重要になると俺は思うんだ」

「ですよね、龍環様。でも……現状彼の力がよくわかっていませんので、どう対抗していいのか……」

「先ほど話題に上がっていたように、青美人と同等かそれ以上の防御力は有していると言っても良いだろう。その防御を突破し、浄化をするかが問題なのだが……」

「結界を使ってくる可能性もございますぞ。皇帝陛下」

「浄化の力は結界ではじかれる事もあるのか?」

「わかりませぬ。じゃがあやつなら対策を練ってきてもおかしくはないでしょうな……」

「そもそもあやかしは、浄化の力でないと浄化できないんだよな?」


 龍環からの問いに、桃婆は大きく首を縦に振った。


「そうでございまする」

「……思ったんだが、あやかしに有効な武器とかはないのだろうか? こう……例えば神剣とか」

「……陛下。それなら、よきものがございます」


 階段を降りていった桃婆。しばらくすると濃い紫色の絹布に包まれた細長い何かを、両手に大事そうに持った状態で戻って来た。


「こちらにおわすは、赤霄剣でございまする」

「赤霄剣?」

「かつて、華龍国の王だった人物がこの宝剣で白蛇のあやかしを斬ったという伝説が残されております」

「なんだって……?」


 桃婆は絹布を取り、黒い漆塗りの箱のふたを開けると、中にはその名の通り燃えるような赤い刀身をした宝剣と鞘が収められていた。柄の部分には赤緑青の色とりどりの宝玉がちりばめられていて華麗さも感じられる。


「これが……赤霄剣か。名前だけは聞いた事あるのだが、実物はこのような感じなのか……」

「この剣にはたくさんの神通力が籠っております。必ずや陛下の助けになる事でしょう」

「……桃玉でなくていいのか?」


 ちらりと龍環が桃玉を見る。桃玉は龍環をじっと見つめ返した。


「ぜひ、皇帝陛下である龍環様がお使いくださいませ」

「桃玉……」

「かつて、華龍国の王が使ったとされる宝剣であれば、皇帝陛下である龍環様が使うべきだと私は思います」

「そうか……わかった。ではこの宝剣は俺が使う。皆、異論は無いな?」


 周囲が異論は無い事を示すと、龍環はフッと息を吐いて覚悟を決める。


「そしてワシと桃玉は、浄化の力をあやつにぶつける。桃玉、さっき教えた通りに浄化の光の球を大きくさせてから敵の身体にぶつけるとより高い効果が得られるのじゃ。あとはもうひとつ良い方法がある」

「桃婆さん、それはなんですか?」

「弓を引く動きから、浄化の力を放つ方法じゃ。どれ、弓を射る真似をしてみよ」


 桃玉は桃婆さんに言われた通りに、両手で弓矢を射る真似をしてみた。


「で、矢を持つ方の手から浄化の力を放出するのじゃ」

「こうですか?」


 すると桃玉から放たれた浄化の光が矢の形に変化する。


「桃玉、試しに空へと矢を放ってみるのじゃ」

「わかりました!」


 桃婆が窓の扉を開くと、桃玉は浄化の光の矢を射る。矢はそのまま空の彼方へと飛んでいくと雲を裂いた。裂かれた箇所からは青空が顔を出す。


「良い感じじゃ。コツは掴めたかの?」

「はい!」

「これなら、ただ浄化の光の球を放つのと比べ物にならないくらい攻撃力に優れておる。この矢を主な武器として戦うのじゃ」

「わかりました!」

「じゃが、同時に身体にかかる負担も大きい。戦場には白仙桃をありったけ持っていかねばならんの」

(たしかに矢をひとつ放っただけで息が切れそうになっている……)


 体力の消耗を感じた桃玉に、桃婆は手早く切った白仙桃を更に用意して食べるように勧める。


「ささ、食べなされ」

「ありがとうございます。いただきます……」

「桃婆さん、そろそろお昼を用意してくるよ」

「美琳、頼んだぞい。では、皆場所を1階に移すとしましょうかの。そしてワシは宮廷に赴き果たし状を力分に渡して参りまする」

「桃婆さんすまない。頼んだぞ」


 その後も桃玉達は力分を倒す為、合間に食事を取りながら作戦を練り続ける。龍環が書いた果たし状は桃婆の手により無事力分の元に届けられたのだった。


「ほほう、陛下は古戦場で待っていると。わかりました。そのようにいたしましょう。やはり決着は正々堂々付けねばならぬというものです」

 

 宮廷の出入り口である大門にて、読んだ果たし状をぐしゃりと握りしめた力分は、届けに来た桃婆を不敵な笑みで見送ったのである。

 夜。桃婆から借りた自室の架子床で眠る桃玉の元に、赤霄剣を携えた龍環が訪れてきた。


「龍環様……」

「寝ているところすまないな。どうしても話したいと思って」

「いえいえ、お気になさらず。良かったら、お隣どうぞ」

「おう、失礼するよ」


 架子床の上に座る桃玉の右隣に腰掛けた龍環。龍環の顔は灯籠に照らされていた。彼の顔は少しだけ紅潮している。


「桃玉。力分を倒したらまた後宮に戻ってきてほしい」

「龍環様……」

「俺は君を愛している。最初はただ契約相手として君を見ていたけどそれでは収まらないくらいに、君への気持ちが膨れ上がっていた。君がいなくなってからそれにようやく気がついたんだ」

「龍環様……私も龍環様をお慕いしております。最初、私が後宮から追い出された時は龍環様の意思と聞いて悲しかったけれど……あなたの気持ちを聞けて良かったです」

(龍環様への気持ちが溢れてくる……私、龍環様が好きなんだ)


 互いに気持ちを確かめ合った2人は、同時に視線を交わす。


「私、後宮に戻ってきて良いのですか?」

「ああ、もちろんだ。例えそれを望まぬ者がいたとしても」

「……そうですか。では、戻りたいです……!」

「ありがとう。桃玉」


 2人は互いの身体を熱く熱く抱き締めた。


「今夜は一緒に寝ても良いか?」


 龍環からの問いに桃玉はもちろんですと答える。


「必ず力分を倒そう」

「はい」


 2人は布団を被ると背中を合わせて目を閉じたのだった。

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