第38話 これ以上不幸になるのはいや

 宦官の叫び声がした方へと桃玉一行は走った。


「張貴妃様!」


 すると目の前に現れたのは小さな小さな掘っ立て小屋と扉の前にておどおどしながら張貴妃を呼ぶ宦官達。どうやら張貴妃はこの中にいるらしい。


「いってみましょう……!」


 掘っ立て小屋の中に入ると、積み上げられた埃被りの家具の上に張貴妃が登っていた。張貴妃はつま先立ちで天井に手を向けている。


「張貴妃様!」

「あ、あと……少し……!」

「あの、えっと……何をなさっているのですか?」

「も、桃玉……こ、蝙蝠を……」

「蝙蝠?」


 桃玉が天井を見上げると、確かに天井の梁付近に蝙蝠が3匹ほど逆さにぶら下がって休息していた。しかし張貴妃の手が触れそうになった瞬間、彼らは逃げるようにして飛び去って行った。


「あっ!」


 張貴妃が体勢を崩し、落ちてしまいそうになる。桃玉は慌てて宦官達を呼んだところで張貴妃は落ちてきた。


「ふう……」


 何とか宦官達が張貴妃を受け止めた事で難を逃れた。


「あ……」

「張貴妃様、宦官の皆様、お怪我はありませんか?」

「私は……大丈夫。みんな、ごめんなさい……」

「私は大丈夫ですが、張貴妃様はどうして蝙蝠を?」

「蝙蝠……福を連れて来る。だから……」


 華龍国では蝙蝠は縁起が良い代物とされている。理由は蝙蝠の蝠という字の発音は、福の字の発音と同じという事から来ているのだ。

 その為、民が家に蝙蝠をかたどった絵や像を屋敷に飾る事もあるのだとか。


「もう、不幸はいや。だから福を招く為にも……蝙蝠を祈祷に捧げたら、不幸が無くなると思って」


 そう語る張貴妃の目元には涙が浮かんでいた。彼女は一連の殺人事件に心を痛めていたようである。


「張貴妃様はやはり心を痛めておいででしたか……」

「張貴妃様はなんとお優しいお方だ……」


 宦官達は早くももらい泣きして彼女の優しさを讃えていた。


「帰りましょう、張貴妃様。私もこれ以上被害者が出ない事を祈っております」

「桃玉……」

(でも蝙蝠はいなくなったしなあ……どうしよう。あ、紙細工とか切り絵でも作ろうか)

「あの、良かったら蝙蝠をかたどった何かでも作りませんか? 紙細工とかいかがでしょうか?」

「いいね……それ、作ってみよう」


 張貴妃はにこっと笑う。彼女の笑みを見た桃玉は笑いながらもほっと胸をなでおろしたのだった。


(何とか解決、かな?)


◇ ◇ ◇


 張貴妃の行方不明事件も解決し、自室に戻った桃玉は早速紙と文房具一式、更に女官へ小刀を用意するようにお願いした。


「桃玉様。何かおつくりに?」

「蝙蝠の切り絵でも作ろうかなと思いまして。部屋の飾りは勿論祈祷のお供え物にもなったら……」

「切り絵ですか。あの、わたくしもご一緒していいですか?」

「もちろん! 一緒に作りましょう!」


 こうして桃玉とその女官達は蝙蝠の切り絵を作る事となったのである。

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