第37話 張貴妃行方不明事件
翌日の朝。龍環の計画していた通りに祈祷が行われる事が後宮内にも伝達されてきた。
『6日後の午前中から全国の高名な道士様方をお呼びし祈祷を行う。皆、悪しきものが消えてなくなるように祈りを捧げてほしい。なお今日より祈祷に向けて肉類の摂取を禁じる』
という木簡に書かれた指示書きが桃玉の部屋にも届いたのだった。肉類の摂取を禁じるという部分を残念そうに見ていた桃玉のそばに女官が近寄る。
「祈祷ですか……大事の大事になってまいりましたね……」
桃玉が手にしている木簡を見た女官は眉を八の字にして真剣な目を見せる。
「祈祷は珍しい事なのですか?」
「ええ、妃の出産がなかなかうまく行かない時や、妃や皇太后、皇帝が病に倒れた時の回復祈願くらいでしょうね」
(なるほどね……)
「それで、祈祷はどのような感じなのでしょうか?」
「ああ、そういえばお供え物がたくさん並ぶとは聞いた事がありますね。あとは肉類の摂取の禁止。しばらくは寂しいですけど
(結構派手な儀式になるのかな?)
そんな女官と話していた桃玉の元に、佳淑妃付きの女官が文を持って現れた。
「李昭容様。佳淑妃様より文をお預かりしております」
「ありがとうございます。受け取らさせていただきます」
「はい、お目通しよろしくお願いします」
彼女が部屋から去っていくのと同時に桃玉は小さく綺麗に折りたたまれた文を開いた。
『桃玉、元気にしているだろうか? 最近は酷い事件が立て続けに起こっている。用心せよ。また稽古も基礎練習だけでも良いので毎日続けるように』
文を読み終えた桃玉はごくりと唾をのみこむ。
「よし、ちょっと運動しよ」
「桃玉様、着替えますか?」
「はい、お願いします」
佳淑妃からの文に触発された桃玉は、女官達が素早く用意してくれた作業着に着替えると、軽く両手を伸ばしたり足を曲げ伸ばししたりして身体を動かし始めたのだった。
◇ ◇ ◇
「はあ……疲れた……」
昼前、基礎練習をみっちり行った桃玉は作業着のまま椅子にぐったりと座っていた。妃としての品もかなぐり捨てた状態の桃玉に、女官達は慌てた様子で足を閉じてください! だとか、このままだと椅子から滑り落ちてしまいますよ! と声をかける。
「す、すみません……」
(身体がなまるの早い……)
何とか椅子に座り直した桃玉。だが、着席したのと同時に照天宮の外からがやがやと騒がしい声が聞こえ始めた。
「なんでしょう? また誰か被害に遭われたとか?」
「ちょっと見てまいります」
女官が3人部屋の外へと出ていった。体感で15分程経過したのち、彼女達はばたばたと顔に汗をかきながら戻って来る。彼女達の様子を見た桃玉はまた被害者が出たのか。と両手をぎゅっと握った。
「張貴妃様が行方不明だそうでございます!」
「えっ、張貴妃様が……?」
「はい、今、宦官や張貴妃様付きの女官達が捜索を始めたようでございます」
「教えてくれてありがとうございます……! な、なんでだろう……」
女官達の話をまとめると、ちょうどついさっき、張貴妃はふらりと部屋から出ると、そのままどこかへと消えていったと言う。最初女官達はお手洗いにでも行かれたのだろう。と思ってついていこうとはしなかったが、それがあだになったようだ。
「あれ、お手洗いって女官の方々もついていくんじゃないんですか?」
「張貴妃様はお手洗いに女官がついていくのを嫌がるのです。お手洗いの時くらいは1人になりたいっておっしゃるそうで」
(ああ、なるほどねえ……確かに張貴妃様のお気持ちは理解できる……)
実際、お手洗いの近くに女官が待っているのを嫌う妃は、張貴妃以外にもいる。ちなみに桃玉も最初は戸惑ったが今ではすっかり慣れてしまっていた。
「早く見つかると良いですが……どこかここへ行ってるだろうみたいな予想? ってあったりしますか?」
「張貴妃様は考えてらっしゃる事が良くわからないと言いますか……予想は出来ませんね」
(思いつくあても無いのか……それなら)
よし。と桃玉は力を込めながら椅子から立ち上がる。
「私も張貴妃様をお探しに……!」
「桃玉様、お気持ちはわかりますが危ないかと……」
「単独行動はしない。日没前には必ず部屋に戻る。これなら大丈夫ですかね?」
桃玉の意見に大きくうなづいて賛同した女官達は、付いてまいります。と言った。桃玉はお願いします。と声をかけ照天宮を出る。
「とりあえず皆さん、はぐれないように気をつけてください……!」
「はい、桃玉様!」
物陰や空き部屋などを見て回る。しかし昼を過ぎても張貴妃の姿は見つからないでいた。
桃玉一行が朱龍宮を通りがかった時、出入り口で皇太后が女官達に大きな声で指示を出しているのに遭遇する。
「何としても張貴妃を探し出しなさい!」
「かしこまりました!」
指示を受けた女官達はばらばらに散っていく。桃玉一行は朱龍宮を通り過ぎ、中庭へ向かおうとしていた時だった。
「張貴妃様! はやくこちらにお戻りくださいませ! 皆様心配なさっていますし、衣服が汚れてしまいます!」
前方から彼女を呼ぶ宦官の声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます