第32話 さらなる被害者

「何でしょうか?」

「朱龍宮にて皇太后陛下付きの女官が、亡くなっているのが見つかったようで……皇太后陛下より、今日の朝の挨拶は中止になるとの事でございます……!」

「えっ」

「女官のご遺体には、梓晴と同様左胸に穴が空いていたようでございます」

(また……)


 桃玉はギュッと服の裾を両手で握りしめた。


「李昭容様、失礼いたします」


 重苦しくなった空気を切るように、皇太后付きの女官が部屋に入ってくる。


「皇太后陛下より、今日からしばらくの間、夜間は皇帝陛下の夜伽指名を受けた妃以外の外出を禁じる。というご命令でございます。この命令は妃だけでなく女官や下女の者など後宮に暮らす者全てに適用されます。必ず遵守を徹底するようよろしくお願いいたします」


 つらつらと皇太后からの命令を詰まる事なく述べた女官はでは。と言って頭を下げると部屋から去っていった。


「……下女の者達にも周知してまいります」


 女官の1人が桃玉に声をかけた。桃玉はお願いします。と答える。


「夜間外出禁止令ですか。これ以上被害者が出ない事をいのるばかりですね……」

「明日は我が身……ああ、怖いですわ……」

(重苦しい空気……はやく解決しないと。でも犯人はあやかしなのか人間なのか分からない……)


「……寝よう」


 桃玉はぐったりと倒れ込むようにして、架子床の上に仰向けになった。 


「ふわあ……」


 桃玉が起きたのは昼前の事。部屋の外から聞こえるバタバタとした複数の足音により目を覚ましたのだった。


(また何か騒ぎがあったのかな?)


 足音が聞こえた廊下の方を見ると、架子床の右横にいた女官が口を開いた。


「どうやら、また被害者が出たようで……」

「また?」

「今度は照天宮の隣にある、鳳蘭宮の妃とその女官が狙われたそうでございます」


 とうとう妃までも被害にあった事を知った桃玉は、目を見開き顔を青白くさせる。


(うそ……なんで?)

「亡くなっているのが見つかった訳ですね?」

「はい、部屋にいた妃と女官は全滅したと聞いております」

「現場へ……連れて行ってもらえます?」

「かしこまりました。ご同行いたします」


 女官3人に付き添われ、鳳蘭宮に異動した桃玉。すでに他の妃や女官、宦官らが来ている現場の部屋に入る。

 そこには池のような血溜まりの上に妃と女官合わせて6人が折り重なるようにして倒れていた。


(……うわ、血の匂いがすごいし皆心臓がくり抜かれているわ……)

「あの、さっき見つかったのですか?」


 紙に何やら記録している宦官に桃玉が尋ねると、宦官はそのようでございます。と語る。


「これだけの人数ですが……物音はしなかったのですか?」

「そのようです。血の匂いに気がついた下女が部屋を覗いたらすでにこうなっていた、と」

(物音を出さずにここまで人を殺めるのは……もはやあやかしじゃないと出来なさそうだ)

「入るぞ!」


 ここで龍環が宦官達を連れて現場へと到着する。桃玉をちらりと見てから惨状に目を通した龍環は思わず袖で手を覆った。


「ひどい有様だ……」

「みな、すでに息を引き取っている状態でございます」

「そうか……まずは南無……。では検死の準備にあたれ!」

「はっ!」

「こんなに被害者が出るとはな……」


 龍環は部屋の周囲をじろりと見渡す。


「あやかしはいないか……」


 彼のつぶやきは慌ただしく現場を出入りする宦官らによってかき消されていった。


「桃玉」

「はい!」


 いきなり龍環から声をかけられた桃玉は肩を跳ね上げながら返事をした。


「夕方、君の部屋に来るよ。お茶会をしよう」

「かしこまりました。夕方ですね?」

「ああ、母上によって夜伽以外の夜間外出禁止令が出ているからね。日没前には帰るつもりだからよろしく」

「はい! お待ちしております……!」


 桃玉は現場から自室へと戻ると女官達にお茶会の準備をするように指示を出した。


「まあ、なんと! 皇帝陛下が桃玉様のお部屋にお越しになられるなんて!」

「これはこれは! 皇帝陛下からのご寵愛が桃玉様に更に向けられる絶好の機会になりましょう!」

(そういう訳ではないのだけれど……まあいっか)


 顔を紅潮させ浮つきながらせっせとお茶会の準備を進めていく女官達を桃玉はくすっと笑いながら見つめていたのだった。


(こうやって笑えると、ちょっとは気分が楽になれるかな)

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