第30話 夜のお茶会、そして発見

 朱龍宮の広間に到着し、皇太后による夕方の挨拶が粛々と進み、終了した。夜伽について触れなかったのはおそらくまだ桃玉の代わりを務める者が決まっていないからだろう。

 

「早く帰ろう……」


 部屋に戻って来た桃玉は椅子に腰かける。桃玉は普段は月のものに関する症状はそこまで重くないのだが、今回は血の塊が幾度となく排出され、更には腰にかなり強めの鈍痛を抱えていた。


「いたた……今日は痛みが強いな……」

「桃玉様、夕食後に痛み止めも飲まれますか?」

「すみませんが、用意お願いします」

「かしこまりました。薬師をお呼びいたしますね。念の為に診てもらいましょう」


 女官の勧めにより夕食前に一度医師による診察を受ける事になった桃玉。結果は瘀血の症状が出ているという事で薬が2種類ほど処方されたのだった。


「この薬をお飲みください。あとはお食事も専用の品に変えるように厨房にお伝えしておきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「いえいえ、ではまた何か変化がありましたらお伝えください」


 医者と薬師は頭を下げながら部屋から出ていく。彼らと入れ替わるようにして先ほど桃玉に夜伽相手に選ばれたと報告しに来た宦官がやって来た。


「夜伽ではなく、夕食後に2人きりでのお茶会を開くのでそこでお話したいと、皇帝陛下はおっしゃっておりますがいかがなさいましょうか?」

(お茶会なら、夜伽にはならないから問題なさそうね)

「ではそれでお願いします」

「かしこまりました。では、陛下にお伝えします。またお迎えに参りますのでよろしくお願い致します」


 宦官は丁寧に礼をしてから、部屋から静かに去っていく。


「桃玉様。皇帝陛下とのお茶会ですか」

「そう…なりますね」


 すると女官達は皆気合いの入った表情を見せる。


「ここは私達の腕の見せ所でもありますね……! お化粧髪結いそして衣服選びはぜひお任せください!」


 女官達からの頼りがいのある言葉に桃玉はははは……。と笑った。女官達は皆、このお茶会が桃玉が龍環から寵愛を得られる絶好の機会であると認識している。彼女達が張り切っている理由はまさしくそれだろう。


(女官の人達張り切ってるなあ……でも、皆私の為に頑張ってくれてるもんね)


◇ ◇ ◇


 夜。後宮内にある小さな中庭の東屋にて、お茶会が開かれる。朱色の柱に黒い瓦屋根をした東屋の近くには妖しい雰囲気をまとったしだれ柳が何本か植わっていた。


「桃玉。よく来てくれた」

「皇帝陛下、ただいま参りました」


 東屋の中には円卓があり、円卓の上には白く艶のある陶磁器製の茶器と点心、白い花器に飾られた小さい花々。ひと口大に切られたみずみずしい果物などが並ぶ。


「では、人払いを頼む。だが警備はしっかりとな」

「かしこまりました。皇帝陛下」


 宦官らに指示を出した龍環。宦官が去っていくのを見届けたのち、自身の分と桃玉の分の茶杯にお茶を淹れた。


「どうぞ。月のものと聞いたからなるべく温かいものを用意した」

「お気遣いありがとうございます」

「痛かったりしんどくなったらすぐに言ってね」

「かしこまりました」

「じゃあ話を始めよう。今回の梓晴の事件、実は俺はあやかしの仕業という線も疑っているんだ」


 龍環の言葉を聞いた桃玉は、脳内で彼が語っていた言葉を思い返す。


 ――自力で脱走したという線は捨てていいだろうね。血痕もあった事だしやはり何者かによって拉致されたというのが一番有り得ると俺は考える。


 もしかして、拉致したのはあやかしなのか? 桃玉は抱いた疑念を龍環に打ち明けた。


「……もしあやかしならあの血痕も頷けると思うんだ。ただ抵抗しただけであの量の血が出るとは思えない。でももしあやかしの仕業だと……」

(梓晴はあやかしに食われ、既に亡き人となっている……という事ね)

「龍環様は、あやかしの痕跡は見えました?」

「いや、まだだね……」

(まだ現れないとなると……人間のしわざ?)

「うわああああああっ!!」


 突如、闇夜を切り裂くように宦官の悲鳴がこだました。龍環はさっと立ち上がり、桃玉をしっかりと抱き寄せてその場へとしゃがみこんだ。


「!」

「……桃玉、何かあったのかもしれない……動くなよ」

「はい」


 本来なら熱くとろけるような構図ではあるのだが、緊迫感のせいでそのような雰囲気は微塵もない。冷や汗をかきながら東屋へ駆け寄って来る宦官へ龍環は何があった? と静かに尋ねる。


「大変でございます。お、女の遺体が……柳の木の下から落ちてきて……」

「なんだと? すぐに向かう。桃玉はどうする?」

「私も参ります!」

「なら俺の手を握れ。決して放すなよ!」


 桃玉は龍環から差し出された手をぎゅっと掴んだ。


 

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