第28話 行方不明の女官の髪

「と、まあそんな感じだな」

「教えてくださりありがとうございます、皇帝陛下」

「この宮廷にはたくさんの人がいる。宮廷の外にもだ。だからすぐ見つかると思いたい……」


 龍環の言葉に桃玉は首を縦に振る。


「ええ、早く見つかってほしいものです。しかし、血痕が彼女のものだったら」

「ああ、だから一刻も早く見つからないといけない」


 真剣なまなざしを見せる龍環。皇帝としてこの事件を必ず解決し、彼女を見つけ出さなければという強い決意が現れていた。


◇ ◇ ◇


 梓晴が行方不明となり3日が経過した。宮廷の内外で捜索が続けられているが、彼女及びその痕跡はいまだに見つからないままだ。


「どこかに連れていかれたのではないか」

「宮廷に人買いの業者でも紛れ込んでいたのではないか」

「脱走したんじゃないの?」

「でも、梓晴は女官で待遇もそれなりにいいはずよ。脱走する理由が無いわ」

「家族に何かあったとなればわからないわよ?」


 宮廷のあちこちから憶測でしかない話が出水のように湧き上がっていた。この状態は勿論妃や皇太后、龍環も把握していて、便乗する妃もいれば静観する妃もいた。

 しかし皇太后はこの日の朝に行われた朝の挨拶で、こう述べている。


「梓晴の心配する声は理解できますが、憶測でものを語るのはやめるように。デマが広がる元になります。もし何かかあれば調査を担っている宦官に報告するようにしてください」


 と、妃達に語ったのだった。

 そして今はお昼時。佳淑妃による稽古を終えた桃玉は昼食を取っている。


「ん、美味しい」


 おかずの1つであるエビとイカと野菜の炒め煮をもごもごと食べていた桃玉。エピはぷりぷりとした食感で、あんが良い味を出している。 

 すると女官の1人が口を開いた。


「梓晴は……どうなったのでしょうか」

「ああ……」


 だが、ここで憶測を語るのは皇太后の話と相反する事となる。返答に困った桃玉はエビを口の中に放り込み咀嚼しつつ考え込んだ。


「う――ん……わからないけど、生きていてほしいですよね……」

「私も同じ気持ちです。もし、今後女官が行方不明になる事件がまた起きたら、どうしようと……」


 女官の顔はやや青ざめていた。それだけ恐怖を感じている事なのだろう。桃玉は彼女の様子を察したが、書けるべき言葉は見つからなかった。


(絶対大丈夫とも言えないし……)


 普段よりも静かな空気の中、昼食を食べ終えた桃玉は、廊下を出ようとする。


「桃玉様、あまりそちらへは行かない方がよろしいかと」

(梓晴の部屋に行くのは止めた方が良いって事ね)

「そうですね、なるべく部屋で過ごします」


 事件なのか、あるいは彼女が脱走したのか。分からぬまま日は過ぎていった。


 梓晴が行方不明になり5日目。重苦しい空気が宮廷内に充満している朝の事。


「なんだろう……」


 わいわいがやがやという騒ぎが小さく、だけれども確実に寝起きの桃玉の耳に届いてきた。


「桃玉様。梓晴の部屋に髪が落ちていたようで……」

「え、髪?」

「はい、かなりの長さなので梓晴の髪ではないか騒ぎになっているようです」

「見に行ってもいいですか? 自分の目で確かめておきたくて」

「わかりました。私達もご同行いたします」


 寝間着姿のまま梓晴の部屋に入った桃玉。床には証拠として放置されたままの血痕が広がっている。そして漆塗りの黒い机の上に長い髪の束がぱさりと置かれていた。

 髪を束ねているのは色とりどりの刺繍が施された白く薄めの帯。女官がよく髪留めに使用しているものと全く同じく代物である。


(この長さだと大体腰くらいはある、かな……? となると髪を束ねている帯も見ても、この髪が梓晴のものである可能性は高いわね……)


 冷静な桃玉だが、底知れぬ不安も同時に抱えていた。このまま女官がひとり、またひとり消えていく事件が続けば明日は我が身かもしれない。という恐怖が彼女に襲いかかろうとしている。


「誰か皇帝陛下をお呼びしてください……!」

「かしこまりました……!」

(ここは龍環様の指示を仰ぐしかない)


 しばらくして宦官達を引き連れ現場へと現れた龍環は、髪を手に取りじっくり眺めたり匂いを嗅いだりした。その間口はギュッと固く結ばれている。


「この髪留めにこのほんのりと香る香の匂い……間違いなく梓晴のものだね。香の匂いは今、後宮の女官達の間で流行のものだし、髪留めも女官がよく使っているものだからな」

「陛下、となると梓晴は……」

「自力で脱走したという線は捨てていいだろうね。血痕もあった事だしやはり何者かによって拉致されたというのが一番有り得ると俺は考える」


 龍環の推理に、周囲はざわめき出す。


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