第19話 佳賢妃
(そっか……まだ誰ともしてないのか……佳淑妃様って妹いらしたんだ)
桃玉は茶器に入ったお茶をごくりと飲み干す。
(なんか、嬉しいと思ってる自分がいるかもしれない)
桃玉はほんの少しだけ、安堵に似た気持ちを抱えながら女官からお茶とお菓子のおかわりを頂いたのだった。
◇ ◇ ◇
それから後宮での諍いやあやかしが悪さをしているという話も起こらず平和な時間が流れ、そのまま数日が経過した。
「水龍表演ですか?」
「はい。大道芸人の方々が後宮で芸を披露するそうで」
「なるほど……」
自室でお茶を飲んでいた桃玉は、女官からある話を聞いていた。
今から1週間後に大道芸人が後宮の中庭にある広大な池・龍羽池にて、船上を舞台に演目が披露されると言う。
「ぜひとも見てみたいですねえ……」
(大道芸か……)
桃玉は一度だけ、大道芸を見た事がある。まだ両親が健在だった幼い頃に、村にやってきて様々な芸を披露する大道芸人を遠目から見たのだった。
(なんか、輪っかを持った演技をしていたような記憶はあるかな……)
「楽しみですね」
「後宮ではよく大道芸人を招いて宴を催したりするのですよ。皇帝陛下と仲を深める良い機会でもあります」
(龍環様もいらっしゃるのね)
「桃玉!」
突如、桃玉の部屋に佳淑妃が女官達を引き連れて現れた。
「佳淑妃様?!」
後ろを振り向き驚きの声をあげる桃玉。焦りの表情を浮かべる佳淑妃を見て何かあったのですか? と問う。
「桃玉、妹を見たか?」
「い、妹様でございますか?」
「桃玉様、佳賢妃様の事でございます……!」
佳淑妃には佳賢妃と言う妹がいる。両者は双子の姉妹なのだが、容姿はあまり似ておらず性格も真逆。それに身長差もあるので、本当に双子の姉妹なのかと疑われる事もあるくらいだ。
(そういえば皇太后陛下への挨拶の場でも、たまに眠たそうにしている賢妃様が妹なのか……)
「見ました?」
桃玉が自分付きの女官達にそう尋ねると、彼女達は首を横に振った。
「そうか、分かった。すまないな、邪魔をしてしまって」
「いえ、佳賢妃様早く見つかると良いですね」
「ああ……剣と槍の稽古となると、あいつはすぐにどこかへと逃げ出すのだ。では失礼する」
佳淑妃は嵐のように女官達を引き連れて桃玉の部屋から出て行った。
(びっくりした……)
桃玉がふうっと息を吐き、お茶を飲んだ。すると部屋の扉がぎぃ……と開かれる。
「あ、桃玉ちゃん。ちょっと匿わせて」
「あ、あなたは……」
扉の前には佳淑妃と同じ黒髪と赤い瞳を持ち、四夫人の一角としてはやや地味な薄紅色の服装に身を包んだ佳賢妃が1人で立っていた。
「か、佳賢妃様……!」
「しっ桃玉ちゃん……! あ、この棚入ってもいいかな?」
いたずらっぽく笑いながら小声で桃玉に語り掛ける佳賢妃。彼女の目つきは姉の佳淑妃とは違い、ややたれ目で優しく穏やかな雰囲気をまとっている。
「大丈夫です、お気をつけて」
「んじゃまあ、失礼しますわ」
よっこいしょ。と小声で言いながら桃玉の右側にある棚に佳賢妃は身を隠した。
(い、良いのかな……これで……でも相手は賢妃様だからあんまり強くは言えないしなあ……)
「桃玉様、どうするので?」
女官から尋ねられた桃玉は、彼女にだって、立場上逆らえないし……。と耳元で小さく答える。
「そ、そうでございますよね。お相手は四夫人の一角である賢妃様でございますから……」
「でしょ? だからこっちからは強く言えないって……」
ごにょごにょと女官と話しながら、佳賢妃の入った棚を見つめる桃玉。辺りはしん……。と静まり返っている。
(このままお昼ご飯の時間までいるのかな……)
時間は刻々と過ぎていく。しかしも桃玉が待てども待てども棚から佳賢妃が出て来る気配はないし、桃玉の部屋に佳淑妃が来る気配もない。
(……佳淑妃様の元へ言いに行こうかしら……)
「桃玉様?」
椅子からすっと立ち上がる桃玉へ、女官が目線を向ける。すると部屋の外からがやがやと誰かが話しているような声が聞こえだした。
「なんだろう……? ちょっと見に行ってきます」
桃玉がその会話が聞こえてきた方へと移動すると、そこには佳淑妃が女官達を集めて何やら話をしている場面へと遭遇する。
「もう結構時間は過ぎている。昼食の時間もあるし、早く見つけないと……」
「佳淑妃様、私も佳賢妃様をお探しいたします!」
「佳賢妃を見つけた者には褒美をとらす! 皆、よろしく頼む!」
(褒美!)
褒美という言葉に目がくらんだ桃玉は自身の部屋へと走って戻ると、佳賢妃が隠れている棚の扉を思いっきり開いた。
「なっ、なんだなんだ!」
「佳淑妃様! こちらです――!!」
「ちょ、まっ!」
桃玉が佳賢妃の右手を取り、棚から引きはがすようにして外へと出すのと同時に、佳淑妃が桃玉の部屋へと走ってきた。
「ここにいたのか!」
「桃玉ちゃん匿ってっていったじゃん――! ちょ、姉ちゃん離してって!」
「桃玉に罪はない、ほら帰るぞ! もうお昼ごはんの時間だ!」
「え、もうそんな時間?」
佳淑妃に首根っこを掴まれている佳賢妃はとぼけた様子を見せると、佳淑妃ははあ……全く。と大きなため息を吐いた。
「こんな時間まで籠城していたのだから、午前の稽古は終了だ。さっさと帰るぞ!」
「やった。お昼ご飯楽しみ――!」
「桃玉。褒美は後でつかわす」
「は、はい……」
こうして、嵐のような双子の姉妹は自室へと去っていった。
「……すごかったですね」
桃玉の呟きに女官は大きく首を縦に振った。
「そうでございますね。さすがはお2人というべきでしょうか」
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