第30話 罰


 獣人王国を出てから、もうすぐ二か月となる。

 ジョアンの軟禁生活は、変わらず続いていた。


(きっと僕は、ここで一生飼い殺しにされる……女王の奴隷として)


 三度の食事は差し入れられ、屋敷内での自由行動は許されている。

 しかし、外出することはできない。

 屋敷の中は必要最低限の使用人だけ。来客は一切ない。

 ジョアンは毎日、ぼんやりと過ごしていた。


 食事をしていても、風呂に入っていても、読書をしていても、頭に思い浮かぶのはただ一人の人物。


「今ごろ、何をしているんだろう……」 


 王弟としての務めを、しっかり果たしているのだろうか。

 好き嫌いをせず、きちんと食事をしているのだろうか。

 従者を困らせてはいないだろうか。

 気づくと、そんなことばかり考えてしまう。


 過保護で心配性の主だから、一向に手紙が届かないことに異変を察知しているだろう。

 しかし、他国の件に王弟が関与すれば、間違いなく外交問題に発展する。

 それでも、デクスターであれば行動を起こすかもしれない。

 ジョアンは、それを心配していた。

 なんせ彼は、たまに本気とも冗談とも取れる発言をする人物なのだから。


 番いジョアンのことより、王弟の立場と国益を考えて自重してくれること。

 そして……新たな番いと出会えること。

 それだけを、遠く離れたこの地からジョアンは願っている。

 

(獣人王国で過ごした日々は、きっと白昼夢だったのだ)


 ジョアンは、デクスターへ最初で最後の恋をした。

 毎日欠かさず、口づけを交わす。

 体を重ねるたびに、肌の温もりを感じた。

 愛し・愛される喜びを知った。

 最高の思い出をかてに、これから無味乾燥な人生を生きていかなければならない。


「うっ……」


 ジョアンは洗面所へ駆け込む。

 ここ数日体調が思わしくなく、食欲もほとんどない。


(もしかしたら、少しずつ毒でも盛られているのかもしれない)


 女王が、暗殺者を差し向けた黒幕ではないと言い切れない。

 ひっそりと秘密裏に処分されてしまう可能性もある。病死を装って。


「別に、それでもいいけど……」


 長生きをしたって、これからの人生で良いことなど一つもない。

 それならば、デクスターとの思い出が鮮明なうちにあの世へ旅立ちたい。



 ◇



 二日後、女王のリーザがまたやって来た。


「久しぶりね。最近あまり食欲がないと、聞いたわ」


「僕がもうすぐ死ぬのか、確認をしに来たのですか?」


「へえ、わたくしの前で取り繕うことを止めたのね。それが、あなたの本来の姿ってことか……」


 まじまじと不躾な視線を送りつけるリーザへ、ジョアンは顔も向けない。

 香水の匂いで、今にも吐きそうだった。


「生意気な元婚約者へ、少々罰を与えようと準備していたの。それが整ったから、今日わざわざこちらへ来たのよ」


「罰?」


「あなたって、獣人王国の王弟殿下の番いだそうね。いずれ、結婚するつもりだったのでしょう?」


「!?」


 なぜリーザがそのことを知っているのか、考えなくてもわかる。

 トミーが報告したのだ。

 意地悪く笑う女王に、不穏な気配を強く感じた。

 

「馴染みの娼館に頼んで、獣人の男娼を探してもらったの。ようやく見つかったと連絡があったわ。もうすぐこちらに来るはずよ」


 楽しみね…と微笑むリーザを、ジョアンは睨みつける。


「恋人と同じ獣人の男に犯されるって、どんな心境なのかしら。まあ、これで心が折れて、多少は従順になるといいけど……」


 その時、若い男が入ってきた。

 短髪の黒髪で、背が高い。長い前髪に隠され、表情は見えない。

 男は周囲を見回すと、ジョアンへ目を留めた。

 前髪で見えずとも、射抜くような視線を感じる。

 森で遭遇した狩人と同じ、獲物を捕らえた猛獣の気配だ。

 デクスターの印の効果はとっくに切れている。

 特異体質の匂いは、垂れ流された状態だろう。


「この子を、好きにしていいわよ」 


 リーザの声に反応し、男が素早く動く。

 ジョアンは後退りするが、すぐに距離を詰められ寝台へ押し倒された。

 馬乗りになった男は、ジョアンの体と両手を固定している。

 こうなると逃れる術はない。

 それでも、身をよじって必死に抵抗する。

 絶対にこの体を汚してはならない。

 その思いだけで、ジョアンは必死だった。


 男の顔が近づき、耳を舐められる。

 それから、嚙みつくように唇を奪われた。

 長くて深い口づけに、ジョアンの目から涙がこぼれる。

 抵抗を諦めたジョアンへ、男の口撃は容赦なく続く。

 ジョアンの首筋に口唇の跡をいくつか残したところで、男は後ろを振り返った。


「気が散るから、あんたは出て行ってくれ」


「仕方ないわね。その代わり、きちんと依頼は果たしなさいよ」


「言われなくても、わかっているさ。こいつは上玉だ。心置きなく存分に楽しませてもらう」


 男の目には、ジョアンしか映っていない。すぐに背を向け、続きを始める。

 フフフと黒い笑みを浮かべたリーザは、部屋を出て行った。

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